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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-2927~2931

訓読

2927
うらぶれて離(か)れにし袖(そで)をまたまかば過ぎにし恋(こひ)い乱れ来(こ)むかも
2928
おのがじし人(ひと)死にすらし妹(いも)に恋ひ日(ひ)に異(け)に痩(や)せぬ人に知らえず
2929
宵々(よひよひ)に我(あ)が立ち待つにけだしくも君(きみ)来(き)まさずは苦しかるべし
2930
生ける世に恋といふものを相(あひ)見ねば恋のうちにも我(あ)れぞ苦しき
2931
思ひつつ居(を)れば苦しもぬばたまの夜(よる)に至らば我(わ)れこそ行かめ

意味

〈2927〉
 思いわびて離れてしまったあの人の袖を、また枕としたなら、過ぎてしまった恋がまた乱れて起こってくるだろうか。
〈2928〉
 人はそれぞれ死んでいくらしい。私はあの女に恋し、そのため日に日に痩せていく。相手には恋していることも知られない。それで恋のために死んでいくだろう。
〈2929〉
 毎夜毎夜、戸口に立ってお待ちしていますが、もしあなたがおいでにならなければさぞかし苦しいでしょう。
〈2930〉
 生まれてからこれまで、恋というものを知らないので、実際に恋のさなかにいると、苦しくてたまらない。
〈2931〉
 あなたを思い続けていると苦しくてなりません。夜になったら私のほうから行きましょう。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2927の「うらぶれて」の「うら」は心で、悲しみに心がしおれて、思いわびての意。「離れにし袖」は、別れてしまった人の袖。「袖をまかば」は、相手の袖を枕にする、すなわち男女共寝をすれば、の意。「過ぎにし恋い」の「い」は接尾語で、主格の体言について「それが」と強く示す助詞。「乱れ来むかも」の「乱れ来む」は、感情が制御不能な状態で押し寄せてくる様子。「かも」は、詠嘆。別れた男から再び関係を結ぼうといわれて思い悩んでいる女の歌、あるいはかつての恋人と再会してとまどっている歌とされます。一度別れた相手と再び結ばれることは、一見幸せなことのようでありますが、作者は、それを手放しで喜ぶのではなく、またあの狂おしい苦しみがやってくると予感しているのでしょう。この「恋への警戒心」こそが、大人の複雑な心情を物語っています。

 
2928の「おのがじし」は集中ほかに例のない語で、各々、銘々の意とされます。「人死にすらし」は、人は死ぬものらしい。「日に異に」の「異に」は程度が次第に強まっていく意を表し、日増しにの意。「痩せぬ」の「ぬ」は完了の助動詞で、痩せてしまった。「人に知らえず」は、相手に知られず。男の歌で、相手に打ち明けない片恋の悩みに、衰えて死にそうだと嘆いています。単に「死ぬ」と言うのではなく、「死ぬものらしい(すらし)」と一歩引いた表現にすることで、かえって自分の置かれた異常な状況が際立つ構造になっています。笠女郎家持に贈った「恋にもぞ人は死にする水無瀬川下ゆ我れ痩す月に日に異に」(巻第4-598)の歌は、この歌によったものと見られています。

 
2929の「宵々に」は、毎日日が暮れる頃に。「立ち待つ」は、家の中で座って待つのではなく、門の外や戸口に立って待つこと。「けだしくも」は、もしかして、ひょっとして。「来まさずは」は、お出でにならないならば。「苦しかるべし」の「べし」は推量の助動詞で、苦しいに違いない、苦しいはずだ」。「けだし」という疑念と、「べし」という断定的な推量が呼応しており、「来ないはずはない」と信じたい一方で、「もし来なかったら」という恐怖が心を支配している、恋の瀬戸際の心理状態が歌われています。窪田空穂は、類想の多い歌としながら、「『苦しかるべし』というだけで、恨みに触れてゆかないところに特色がある。・・・女の心弱くなって来ていることが思われる」と述べています。

 
2930の「生ける世に」は、生きているこの世で、これまでの人生で。「相見ねば」は、出会ったことがないので。「恋のうちにも」は、(世にある数多くの)恋の苦しみの中でも。「我れぞ苦しき」は、強意の「ぞ」+連体形の係り結びで、私こそが(誰よりも)苦しいのだ、の意。初めて恋を知った感慨で、女の歌かとされ、他人の恋の苦しみも認めつつも、私の苦しみに比べればマシなはずだという強烈な主観を突きつけています。

 
2931の「思ひつつ居れば」は、相手を思い続けてじっとしていると。「苦しも」の「も」は、詠嘆の終助詞。「ぬばたまの」は「夜」の枕詞。「夜に至らば」は、夜になったなら。「我れこそ行かめ」は、コソ+已然形の係り結びで、あなたが来ないなら、あるいはあなたが来なくても、いっそのこと私が、と「私」を強めています。男の来訪を待ちかねている女の歌で、恋しい相手を思いながらじっと待つという受動的な姿勢を捨て、自らの足で運命を切り開こうとするエネルギーに溢れています。
 


『万葉集』クイズ

 次の歌はいずれも天皇の御製歌(皇太子時代を含む)です。それぞれの作者名を答えてください。

  1. 夕されば小倉の山に伏す鹿の今夜は鳴かず寝ねにけらしも
  2. 香具山と耳梨山とあひしとき立ちて見に来し印南国原
  3. 春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山
  4. ますらをの鞆の音すなり物部の大臣楯立つらしも
  5. み吉野の山の下風の寒けくにはたや今夜も我が独り寝む
  6. 紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにあれ恋ひめやも
  7. 淑き人のよしとよく見て好しと言ひし吉野よく見よ良き人よく見
  8. 妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
  9. 橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木
  10. あしひきの山行きしかば山人の我れに得しめし山づとぞこれ


【解答】 1.雄略天皇 2.天智天皇(中大兄皇子) 3.持統天皇 4.元明天皇 5.文武天皇 6.天武天皇(大海人皇子) 7.天武天皇 8.天智天皇 9.聖武天皇 10.元正天皇

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