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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-2942~2946

訓読

2942
我(わ)が背子(せこ)に恋ふとにしあらしみどり子の夜泣きをしつつ寐(い)ねかてなくは
2943
我(わ)が命(いのち)し長く欲(ほ)しけく偽(いつは)りをよくする人を捕(とら)ふばかりを
2944
人言(ひとごと)を繁(しげ)みと妹(いも)に逢はずして心のうちに恋ふるこのころ
2945
玉梓(たまづさ)の君が使(つかひ)を待ちし夜(よ)の名残(なごり)ぞ今も寐(い)ねぬ夜(よ)の多き
2946
玉桙(たまほこ)の道に行き逢ひて外目(よそめ)にも見ればよき子をいつとか待たむ

意味

〈2942〉
 あの人に心底恋い焦がれているらしい。まるで赤子のように夜泣きして寝られないのは。
〈2943〉
 私の命は長くあって欲しい。嘘をついてだましたあの男をいつか掴まえて懲らしめるために。
〈2944〉
 人の噂がうるさいので、あの子には逢わないようにし、心の中で恋い焦がれているばかりのこのごろだ。
〈2945〉
 あなたからのお使いを、いつもお待ちしていた夜の名残に違いありません。今でもなお寝られない夜が多いのは。
〈2946〉
 道で行き逢って、外目ながら見てもきれいな子を、いつわが物になるかと思って待とう。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2942の「恋ふとにし」の「し」は、強意の副助詞。「あらし」は「あるらし」の転で、「らし」は、根拠に基づく推定。恋しているからであるらしい。「みどり子」は、3歳くらいまでの子供、赤子。「寐ねかてなくは」の「かてなく」は、不可能の意の動詞「かてぬ」のク語法による名詞形。寝つくことができないのは。なお上掲の解釈とは別に、子を抱える妻が、その父である夫に贈った歌であるとし、子が夜泣きをして寝られずにいるのは、きっとあなたを恋しがっているのでしょうと、足遠くなった夫の来訪を求めているものとの解釈があります。この立場をとる窪田空穂は、「婉曲に訴えようとしての思いつきとすれば、甚だ巧みなものである。あるいは緑児の夜泣きは、人を恋しがってのことだというような俗信があってのものかもしれぬ。それとしても巧みだといえる。淡くして心ある歌である」と述べています。

 
2943の「我が命し」の「し」は強意の副助詞で、私の命こそは。「欲しけく」は、形容詞「欲し」のク語法で名詞形。「偽りをよくする人」は、嘘を上手に言う人。口先ばかりで逢いに来ない相手を指します。「捕ふばかりを」は、上掲の解釈とは別に、捕えて放さないようにしたいとするものもあります。「を」は、感動の助詞。佐佐木信綱は、「男に捨てられた女が、男に執りついてやる為に生きていたいというのであるが、凄味よりも辛辣な皮肉に聞こえるので、受取った男はその意味で悚然たるものがあったろう」と言い、伊藤博は「作者は才気ある女であろう」と言っています。

 
2944の「人言を繁み」は、人の噂がうるさいので、の意のミ語法。「と」は、ここでは、~ということで、~を理由にしてという引用・判断の助詞。「逢はずして」は、逢わないままでいて。「このころ」 という体言止めの形をとっており、今もなおこの苦しい状態が続いているという、現在進行形の余韻を残しています。なお、この歌の原文は、わずか12文字で「人言繁跡妹不相情裏恋比日」と書かれ、助辞を全く用いていないことから、『柿本人麻呂歌集』の略体の歌だとする見方もあるようです。

 
2945の「玉梓の」は「使」の枕詞。梓の木などに手紙を結びつけて使者が相手に届けたことから用いられるようになった枕詞とされます。「名残ぞ今も寐ねぬ夜の多き」の「名残」は、余韻、あるいはその時の影響が残っていること。「波が去った後の残り」が語源です。「ぞ」は強調の係助詞で、「多き」はその結びの連体形。結句は、単独母音オを含む許容される8音の字余り句。恋が終わった後の「後遺症」を詠んだ歌といえ、その後もなお残る生活習慣というのは、なかなかに切ないものです。佐佐木信綱は、「楽しかった当時の追憶に生きている女心があわれである」と述べています。またこの歌は、巻第11-2588の「夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりぞ今も寐寝かてにする」が変化した歌とみられており、窪田空穂は、本歌の庶民的なものを、貴族的な生活様式に合わせようとしたものだろうと言っています。

 
2946の「玉桙の」は「道」の枕詞。玉桙は、里の入り口や辻に立てられた陽石とする説、玉桙のちぶりの神、すなわち旅の安全を守る石神とする説があり、集中には「道」にかかるものが36例、「里」にかかるものが1例あります。「行き逢ひて」は、道で偶然に出会うこと。「外目」は、無関係として見ること、それとなく見ること。「いつとか待たむ」の「か」は疑問の係助詞で、「待たむ」は、その結びの連体形。いつまた逢えると思って待てばいいのか、のように解するものもあります。道行く美しい少女を見初めた歌であり、明るく安らかな歌です。
 


巻第11と第12

 巻第11と第12は「古今相聞往来歌類」という名が付いていて、巻第11が上巻、第12が下巻という構成になっています。各巻のそれぞれの部立ては以下の通りになっています。

(巻第11:古今相聞往来歌類上巻)
(1)旋頭歌   15首(柿本人麻呂歌集の歌・古歌集)
(2)正述心緒  47首(柿本人麻呂歌集の歌)
(3)寄物陳思  94首(柿本人麻呂歌集の歌)
(4)問答     9首(柿本人麻呂歌集の歌)
(5)正述心緒  104首
(6)寄物陳思  193首
(7)問答    20首
(8)比喩    13首

(巻第12:古今相聞往来歌類下巻)
(1)正述心緒  10首(柿本人麻呂歌集の歌)
(2)寄物陳思  14首(柿本人麻呂歌集の歌)
(3)正述心緒  100首
(4)寄物陳思  193首
(5)問答    26首
(6)羇旅發思  53首
(7)悲別歌    31首
(8)問答     10首

 巻第11・12の歌は、巻第13と同じく全て「作者未詳歌」で、詞書もなく配列されている巻です。このためもあって、作成年代は、研究者の間でも確定していません。 

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