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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-2952~2956

訓読

2952
吾が齢(よはひ)し衰(おとろ)へぬれば白細布(しろたへ)の袖のなれにし君をしぞ思ふ
2953
君に恋ひ我(あ)が泣く涙(なみだ)白栲(しろたへ)の袖さへ漬(ひ)ちてせむすべもなし
2954
今よりは逢はじとすれや白栲(しろたへ)の我(わ)が衣手(ころもで)の干(ふ)る時もなき
2955
夢(いめ)かと心惑ひぬ月まねく離(か)れにし君が言(こと)の通へば
2956
あらたまの年月(としつき)兼ねてぬばたまの夢(いめ)に見えけり君が姿は

意味

〈2952〉
 おれも年を取って体も衰えてしまったが、今しげしげと通わなくても、長年なれ親しんだお前のことが思い出されてならない。
〈2953〉
 あなたを恋しく思うあまり、泣きこぼれる私の涙は着物の袖までも濡らし、どうしようもありません。
〈2954〉
 もうこれからは逢わないというのですか。そう思うわけではないのに、私の着物の袖は涙の乾く時がありません。
〈2955〉
 夢でないかと心が戸惑いました。幾月も通ってこなかったあなたの便りがあったので。
〈2956〉
 長い年月の間ずっと、夜ごとの夢に見えていました、あなたのお姿は。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2952の「吾が齢し」の原文「吾齒之」で、ワガイノチシ、ワガイノチノなどと訓むものもあります。「衰へぬれば」は、衰えてしまったので。「白細布の」は「袖」の枕詞。「白細布の袖の」は「なれ」を導く序詞。「なれにし」は「馴れ」と「萎(な)れ」の掛詞になっており、馴れ親しんだ意と、使用して馴染んで皺くちゃになる有様を言っています。「君をしぞ思ふ」のシもソも強意の助詞。年衰えた男が長年連れ添った妻を有り難く思っている歌と解しましたが、「君」とあるので女が男を思う歌とも取れます。窪田空穂は、「老境に入って新たに拓けて来た心を、しみじみといったものである。落ちついた、品位のある歌である」と言っています。

 
2953の「白栲の」は「袖」の枕詞。「白栲」は真っ白な布のことで、「栲」はこうぞ類の樹皮からとった繊維、またそれで織った布をいいます。「袖さへ漬ちて」の「さへ」は、~までも。「漬ちて」は、水に浸かり、ひどく濡れて。単にしっとり濡れるのではなく、水溜りに浸したように「ぐっしょりと濡れ通る」という強い表現です。原文「袖兼所漬」で、ソデサヘヌレテと訓むものもあります。「せむすべもなし」は、どうしようもない。夫に訴えている女の歌で、白い袖と透明な涙という色彩の少なさの中に、重く冷たい湿感が込められています。

 
2954の「白栲の」は「衣」の枕詞。「逢はじとすれや」は「逢はじとすればや」の意で、「逢はじ」の「じ」は打消推量の助動詞。「もう逢うまい」という強い拒絶の意志。「や」は反語の意を含む疑問の係助詞。相手の冷淡な態度に対する疑いと不安を露わにしています。「衣手」は、袖。「干る時もなき」の「なき」は、「や」の結びで連体形。これも疎遠にされている夫に訴えている女の歌で、「なぜこんなに涙が止まらないのか、それはあなたがもう会わないつもりだからではないか」と、その原因を相手の心に求めています。

 
2955の「夢かと」の原文「夢可登」で、イメカトモ、イメニカトなどと訓むものもありますが、イメカトと4音句で訓むのが定訓となっています。「心惑ひぬ」の原文「情班」で、ココロハマドフと訓むものもあります。「月まねく」は、月(月日)が多く重なること。「離れにし君」は、関係が間遠になった君。「言の通へば」は、君からの便りがあったので。関係が終わったとばかり思っていた相手から、突然連絡が来て当惑している女の歌です。「夢か」と言いつつも手放しで喜んでいるわけではないという、繊細な心理描写がなされており、「嬉しい」と言い切らずに「心惑ひぬ」と詠んだ点に、長い沈黙に傷ついた者のリアリティがあります。「今さらなぜ?」という戸惑いと、それでも抗えない喜びが交錯しています。

 
2956の「あらたまの」は「年」の枕詞。「年月かねて」は、いくつもの年月にわたって。「ぬばたまの」は「夜」の枕詞であるのが、夜の意味になったもの。「夢に見えけり」は、(あなたが姿を)見せてくれたのだなあ、見えていたのだなあ、という、発見と感動を伴う過去の表現。原文「夢尓所見」で、イメニゾミエシ、イメニゾミユルなどと訓むものもあります。女の歌で、窪田空穂は、「『夢にぞ見ゆる』は、夫がこちらを思っていると信じての心で、夫は旅にいるものとみえる。一首の落ちついた調べも、そのことを思わせる」と述べています。
 


窪田空穂について

 窪田空穂(くぼたうつぼ:本名は窪田通治)は、明治10年6月生まれ、長野県出身の歌人、国文学者。東京専門学校(現早稲田大学)文学科卒業後、新聞・雑誌記者などを経て、早大文学部教授。

雑誌『文庫』に投稿した短歌によって与謝野鉄幹に認められ、草創期の『明星』に参加。浪漫傾向から自然主義文学に影響を受け、内省的な心情の機微を詠んだ。また近代歌人としては珍しく、多くの長歌をつくり、長歌を現代的に再生させた。

『万葉集』『古今集』『新古今集』など古典の評釈でも功績が大きく、数多くの国文学研究書がある。詩歌集に『まひる野』、歌集に『濁れる川』『土を眺めて』など。昭和42年4月没。
 

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