| 訓読 |
2957
今よりは恋ふとも妹(いも)に逢はめやも床(とこ)の辺(へ)去らず夢(いめ)に見えこそ
2958
人の見て言(こと)とがめせぬ夢(いめ)にだに止(や)まず見えこそ我(あ)が恋止まむ
2959
うつつには言(こと)も絶えたり夢(いめ)にだに継ぎて見えこそ直(ただ)に逢ふまでに
2960
うつせみの現(うつ)し心(ごころ)も我(わ)れは無し妹(いも)を相(あひ)見ずて年の経(へ)ぬれば
2961
現身(うつせみ)の常(つね)の辞(ことば)と思へども継(つ)ぎてし聞けば心(こころ)惑(まど)ひぬ
| 意味 |
〈2957〉
今から先はいくら焦がれてもあなたにじかに逢えようか。せめてわが夜の床のあたりを離れず、いつも夢に出てきてほしい。
〈2958〉
人が見て、とがめない夢の中だけでも見えてほしい。そうすれば、私の恋の苦しみも休まるだろう。
〈2959〉
現実には連絡も途絶えてしまった。せめて夢にだけでも続けて見えてほしい、じかに逢うまで。
〈2960〉
この世に生きている身としての正気も、もう私にはない。あの子に逢えないまま年月が経ってしまったので。
〈2961〉
世間の通りいっぺんの言葉だとは思いますが、続けて何度も聞くと、心は乱れてしまいます。
| 鑑賞 |
作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2957の「逢はめやも」は、未来の推量「む」+反語「やも」。どうして逢えるだろうか、いや、もう逢えはしない、という強い断念を表します。「床の辺」は、作者の寝る床のほとり。「去らず」は、離れずに。「夢に見えこそ」の「こそ」は、願望の助動詞「こす」の命令形。旅立つ男がその妻に訴えた歌のようですが、柿本人麻呂歌集歌に「里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡床の辺去らず夢に見えこそ」(巻第11-2501)とあり、ここの歌は恐らく人麻呂歌集のこの歌が流伝の際に変化したものだろうかといいます。斎藤茂吉は、「床のへ去らず」の句におもしろ味があると言っています。
2958の「人の見て」は、他人が見て。「言とがめ」は、人の行動に対して、口うるさく批判したり噂を立てたりすること。「夢にだに」は、夢にだけでも。「止まず見えこそ」の「止まず」は、休むことなく、ひっきりなしに。「こそ」は、他に対する願望の終助詞。「我が恋止まむ」は、そうしてくれれば、私の苦しみも収まるだろうという結び。しかし、これは裏を返せば、夢で逢えなければ、この恋の苦しみで私は死んでしまう(あるいは狂ってしまう)という悲痛な宣言でもあります。女の歌で、何らかの事情で逢えなくなった男に贈った歌とされます。
2959の「うつつには」は、現実には。「言も絶えたり」の「言」は、消息、連絡。原文「言絶有」で、コトハタエタリ、コトタエニケリ、コトモタエテアリなどと訓むものもあります。「継ぎて」は、途切れることなく続けて。前の歌と同じく、女が男に贈った歌ですが、前歌では、現実は無理だから夢だけでいいという諦念が強かったのに対し、ここでは、いつか現実に逢えるその日まで夢に繋ぎ止めておいてほしい、と、未来への希望を捨てていません。
2960の「うつせみ」は、現実に生きている身。「現し心」は、正気な心、平常心。「我れは無し」は、私は持っていない、私には無いという断定。自分を客観的に見て、もう自分は普通ではないと宣告するほどの悲壮感が漂います。「妹を相見ずて」は、妹に直接逢えないまま。「年の経ぬれば」は、年月が過ぎ去ってしまったので。原文「年之経去者」で、トシノヘユケバと訓むものもあります。窪田空穂は、「心としては、妨げが続いていて、妹に逢えずに年を過ごした悩みから、生きている心地もしないという嘆きであるが、調べは明るく暢びやかで、その心にふさわしくもないものである」と述べています。
2961の「現身の常の辞」は、世間並みの通りいっぺんの言葉、ありふれた口説き文句や、中身のない約束。「継ぎてし聞けば」は、続けて何度も聞くと。「心惑ひぬ」の原文「心遮焉」で、ココロハマドフと訓むものもあります。男が求愛してくるその言葉を、常に女に言い寄る決まり文句だとして警戒し、また冷笑もしていたのが、そうした「常の辞」でさえ繰り返し繰り返し語りかけられると、しだいに男に心が傾いていくという女心が歌われています。この「信じたいけど信じられない、でもやっぱり信じてしまう」という迷いは、1300年前も今も変わらない、恋に落ちた人間の普遍的な心理と言えます。

『万葉集』クイズ
次の歌はいずれも大伴旅人の「酒を讃える」歌です。それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.にごれる(濁れる) 2.なな(七) 3.ゑひ(酔ひ) 4.さかつほ(酒壺) 5.さる(猿) 6.ひじり(聖) 7.たから(宝) 8.とり(鳥) 9.しぬる(死ぬる) 10.もだ(黙然)
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