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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-2976~2980

訓読

2976
紫(むらさき)の我(わ)が下紐(したひも)の色に出(い)でず恋ひかも痩(や)せむ逢ふよしを無(な)み
2977
何ゆゑか思はずあらむ紐(ひも)の緒(を)の心に入りて恋しきものを
2978
まそ鏡(かがみ)見ませ我が背子我が形見(かたみ)持てらむ時に逢はざらめやも
2979
まそ鏡(かがみ)直目(ただめ)に君を見てばこそ命(いのち)に向(むか)ふ我(あ)が恋やまめ
2980
まそ鏡(かがみ)見飽(みあ)かぬ妹(いも)に逢はずして月の経(へ)ゆけば生けりともなし

意味

〈2976〉
 紫染めの私の下紐が外から見えないように、顔色には出さずに恋い焦がれて痩せ細るのだろうか。逢う手立てがないので。
〈2977〉
 どうして思わずにいられようか。紐の緒が心にしっかり入り込むように、あの人が恋しくてならないのに。
〈2978〉
 この鏡をいつもごらん下さい、あなた。これを私の形見だと思って持っていらっしゃるかぎり、逢えないなんてことがありましょうか。
〈2979〉
 鏡に向かうように、じかにあなたのお顔が見られてこそ、命がけの私の恋心も鎮まることでしょう。
〈2980〉
 鏡を見るように、見ても見ても見飽きないあの子に逢わないまま月が経ってゆくので、生きている心地がしない。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、2976・2977は「紐」に寄せての歌2首。2976の「紫」は、当時は非常に高貴な色とされ、かつ染まりにくい鮮やかな色でした。「下紐」は、下着をくくる紐のこと。上2句は、紫染めの下紐が高級品でありながら外から見えない意で「色に出でず」を導く序詞。「色に出でず」は、表面、顔色に表さず。「恋ひかも」の「か」は疑問の係助詞、「も」は詠嘆。「痩せむ」は「か」の結びの連体形で、痩せるのだろうか。「逢ふよしを無み」の「無み」は「無し」のミ語法で、逢う方法がないので。ここは倒置で、上の「恋ひかも痩せむ」の原因を言っています。この歌の特徴は、「紫」という視覚的な強烈さと、「色に出さぬ(秘める)」という抑制のコントラストにあります。下紐は服の下に隠れて見えないものですが、その色は鮮やかな「紫」であると詠まれています。これは、表面的には平然を装っていても、内面では激しく燃え上がるような恋心を抱えていることを暗示しています。

 
2977の「何ゆゑか」の「か」は、疑問の係助詞。「思はずあらむ」の「あらむ」はその結びの連体形で、思わずにいられようか、という反語表現。「紐の緒の」は、紐を結ぶには、一方の端を輪にして他方の端をそれに差し入れて結びますが、その輪を心と呼んだことから「心」にかかる枕詞。「心に入りて」は、紐が結び目の中に入り込むことと、思い人が心の深層に入り込むことを掛けています。「恋しきものを」の「ものを」は、~なのに、~だからこそ、という、やり場のない感情の余韻を残す終助詞的な使い方。窪田空穂はこの歌を、「女の歌で、きわめて単純な歌である。『紐の緒の心に入りて』が、いかにも適切なために、若い心の全体を思わせ、『恋しきものを』の慣用句を生かし切っている。愛すべき歌である」と評しています。

 2978~2980は「鏡」に寄せての歌。
2978の「まそ鏡」は、よく映る白銅製の鏡のことで、「見」の枕詞。「形見」は、自身の身代わりとして贈る物。旅の別れに鏡を贈るのは、中国から伝わった風習だといい、ここも夫の旅立ちに際してのものだろうとする見方があります。「持てらむ時」の「持てらむ」は、モテリに推量の助動詞ムが付いたもので、持っていたならその時。「逢はざらめやも」の「やも」は反語で、逢わないということがあるだろうか、いやない。歌の別の解釈として、形見を持っていれば共にいるのと同じだから、常に逢っていることだとするものもあります。

 
2979の「まそ鏡」は「見」の枕詞。「直目に」は、直接の目で、じかに、という意味。人づてや噂、あるいは夢で見るのではなく、現実に対面することを強く求めています。「命に向ふ」は、命に値する、命がけの。死と隣り合わせになるほど深刻で、生命力をすり減らしている状態を指します。「我が恋やまめ」の「め」は、上の「こそ」の係り結び。「~てばこそ~め」は、「~して初めて・・・だろう」という強い条件と、その結果としての推量を表す構文で、直接逢うことが実現して初めてこの恋は鎮まるのだ、という断定的な響きがあります。妻が夫に贈った歌とされます。

 
2980の「まそ鏡」は「見」の枕詞。「見飽かぬ」は、どれほど見ても満足しない。対象に対する愛情が無限であることを示します。「月の経ゆけば」は、一ヶ月、二ヶ月と月日が経過していくこと。時間が残酷に過ぎ去る様子を表します。原文「月之経去者」で、ツキノヘヌレバと訓むものもあります。「生けりともなし」は、生きているとも思われない。精神的な虚脱状態を指す強い表現であり、『万葉集』らしい直截な感情表現となっています。
 


係り結び

 文中に「ぞ・なむ・や・か・こそ」など、特定の係助詞が上にあるとき、文末の語が終止形以外の活用形になる約束ごと。係り結びは、内容を強調したり疑問や反語をあらわしたりするときに用いられます。

  • 「ぞ」「なむ」・・・強調の係助詞
     ⇒ 文末は連体形(例:~となむいひける)
  • 「や」「か」・・・疑問・反語の係助詞
     ⇒ 文末は連体形(例:~やある)
  • 「こそ」・・・強調の係助詞
     ⇒ 文末は已然形(例:~とこそ聞こえけれ)

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『万葉集』クイズ

 それぞれの歌ののある句が枕詞となるように、ひらがなで答えてください。

  1. 〇〇〇さす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦し遣ればすべなし
  2. 〇〇〇〇の手枕まかず間置きて年そ経にける逢はなく思へば
  3. 〇〇〇〇〇神の社に我が懸けし幣は賜らむ妹に逢はなくに
  4. まそ〇〇〇見飽かぬ君に後れてや朝夕にさびつつ居らむ
  5. 〇〇草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ
  6. 〇〇〇〇の年の経ぬれば今しはとゆめよ我が背子我が名告らすな
  7. 〇〇〇〇〇名の惜しけくも我れはなし君に逢はずて年の経ぬれば
  8. 〇〇〇〇の袖別るべき日を近み心にむせび哭のみし泣かゆ
  9. 〇〇〇〇の大宮人は多かれど心に乗りて思ほゆる妹
  10. 〇〇〇〇のその夜の月夜今日までに我れは忘れず間なくし思へば


【解答】 1.うちひ 2.しきたへ 3.ちはやぶる 4.かがみ(鏡) 5.つき(月) 6.あらたま 7.つるぎたち(剣大刀) 8.しろたへ(白妙) 9.ももしき 10.ぬばたま

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