| 訓読 |
2995
逢ふよしの出(い)で来るまでは畳薦(たたみこも)重(かさ)ね編(あ)む数(かず)夢(いめ)にし見えむ
2996
白香(しらか)つく木綿(ゆふ)は花物(はなもの)言(こと)こそは何時(いつ)のまさかも常(つね)忘らえね
2997
石上(いそのかみ)布留(ふる)の高橋(たかはし)高々に妹が待つらむ夜(よ)ぞ更けにける
2998
湊(みなと)入りの葦(あし)別(わ)け小舟(をぶね)障(さは)り多み今来む我れを淀むと思ふな
2999
水を多み上田(あげ)に種(たね)蒔(ま)き稗(ひえ)を多み選(え)らえし業(なり)ぞ我(あ)がひとり寝(ぬ)る
| 意味 |
〈2995〉
逢える手がかりが出てくるまでは、畳薦を幾枚も重ねて編む数ほどに、夜の夢に見ることだろう。
〈2996〉
白香として付ける木綿はうわべだけのもの。あの人の美しい言葉こそは、いつどんな時も忘れることができません。
〈2997〉
愛しい人が住む、あの石上の布留川にかかった高い橋ではないが、高々と、愛しい人が待ち焦がれているだろう、ああ夜が更けてきた。
〈2998〉
湊へ入る葦わけ小舟に故障が起こることが多いように、差し障りが多くて、今やっとそちらへ行こうとする私を、もう来なくなったと思わないでください。
〈2999〉
水が多いので高い所にある田に稲の種をまき、稗が多いのでそれを選り分ける仕事をしている。そのようにして抜き取られた稗のように、私も独り寝をしている。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、2995は「畳薦」に寄せての歌。「逢ふよしの」の「よし」は、方法、手だて。「畳薦」は、畳に編むマコモの類。「重ね編む数」は、それを一本一本重ねて編む目数で、数の多いことの譬喩。「夢にし見えむ」の「し」は、強意の副助詞。原文「夢西將見」で、イメニシミテムと訓み、見ていようと解するものもあります。男の歌とされ、現実が「無」であるからこそ、夢の中に無限の回数(重ね編む数)を求めています。現実の不自由さと、夢の中の自由な出逢いという対比が、切なさを際立たせています。
2996は「木綿」に寄せての歌。「白香つく」は、語義・かかり方未詳ながら「木綿」の枕詞。「木綿」は、楮(こうぞ)の皮の繊維を裂いて作った白い糸状・布状のもの。「花物」は、見かけ倒しのもの、一時的な華やかさ、うわべだけで儚いもの。「何時のまさかも」の「まさか」は、まさにその時、今この瞬間の意で、いついかなる時でも。「まさか」の原文「真枝」をマエダと訓んで、消息を結びつける木の枝とし、あなたの言葉は真枝のように立派で忘れられない、のように解するものもあります。女の歌とされ、「言葉」というものの重みと、忘れられない一瞬の記憶を詠んだ一首です。
2997は「橋」に寄せての歌。「石上」は、いまの奈良県天理市の石上神社のあたりから西の一帯。「布留」は、石上神社周辺の布町。「高橋」は、その地を流れる布留川に架かっていた高い橋。以上2句は「高々に」を導く同音反復式序詞。「高々に」は、人を待つ形容で、今か今かと爪先立つ思いを表す副詞。「待つらむ」の「らむ」は、現在推量。「夜ぞ更けにける」は、「ぞ〜ける」の係結びにより、夜が深まってしまったことへの強い詠嘆を表します。自分が行くのが遅くなったことへの申し訳なさと、彼女を待たせていることへの胸の痛み(焦り)がこの結びに凝縮されています。男が女の所へ急ぐ折の心を詠んだ歌ですが、あるいは支障があって行けなくなり独り夜を過ごす辛さを詠んだ歌とされます。
2998は「舟」に寄せての歌。「湊入り」は、船を港に着ける意。「葦別け小舟」は、海岸に生えている葦を分けて入っていく小舟。「障り多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、支障が多いので。「今来む我れを」は、今やっと行こうとする我を。他に、今そのうちに行くはずの我を、今ごろになって来る我を、のように解するものもあります。「淀む」は、絶える、停滞する。左注に「或る本に曰く」として「湊入りに蘆別小船障り多み君に逢はずて年ぞ経にける」とありますが、上3句が同じのみで、本歌が男の歌、こちらは女の歌であり、別の歌とされます。
2999は「田」に寄せて歌。2999の「水を多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、水が多いので。「上田」は、土地の高い所にある田。「稗を多み」は、稗が多いので。「選らえし」は、選んで抜き取られた意。原文「択擢之」で、エラレシ、エラユルなどと訓むものもあります。「業」は、ここは農事のこと。ワザと訓むものもあります。上4句が結句の「我がひとり寝る」にかかる譬喩となっていて、愛しい人に捨てられた嘆きの歌、男女どちらの歌とも取れますが、モテない男のひがみ歌との見方もあります。また、巻11-2476に「打つ田にも稗はし数多ありといへど選えし我れぞ夜を一人寝る」があり、これに倣っての歌ではないかといいます。

ミ語法
「ミ語法」とは、形容詞の語幹に語尾「み」を接続した語形を用いる語法。その意味は、「を」を伴うものは「を」が主格を表わし、「み」が原因や理由を表わすと考えられています。現存する文献の用例の大部分は『万葉集』であり、 上代以前に広く用いられたと考えられています。 中古以降は、擬古的表現として和歌にわずかに用いられました。
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |