| 訓読 |
3050
春日野(かすがの)に浅茅(あさぢ)標結(しめゆ)ひ絶(た)えめやと我(あ)が思ふ人はいや遠長(とほなが)に
3051
あしひきの山菅(やますげ)の根のねもころに我(あ)れはぞ恋(こ)ふる君が姿に
3052
かきつはた佐紀沢(さきさは)に生(お)ふる菅(すが)の根の絶ゆとや君が見えぬこのころ
3053
あしひきの山菅(やますが)の根のねもころに止(や)まず思はば妹(いも)に逢はむかも
3054
相(あひ)思はずあるものをかも菅(すが)の根のねもころごろに我(あ)が思へるらむ
| 意味 |
〈3050〉
春日野で、浅茅に標を張ってずっと自分のものとするように、仲が絶えるものかと私が思い定めたあの人は、いつまでも変わらずにいてほしい。
〈3051〉
山菅の長い根のように、ねんごろに私は恋い焦がれています、あなたのお姿を。
〈3052〉
佐紀沼に生えている菅の根が、引けば切れるように、私と絶えてしまおうと思っているのか、あの人がお見えにならない今日このごろよ。
〈3053〉
山菅の長い根のように、ねんごろに心をこめて止むことなく思い続けていたなら、あの子に逢えるだろうかな。
〈3054〉
両想いをしているのではないのに、私の方は山菅の根のように、ねんごろに心を込めて思っているのだろうか。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、いずれも「草」に寄せての歌。3050の「春日野」は、平城京の東に広がる野。「浅茅」は、丈の低い茅がや。「標結ふ」は、縄を張ってそこが神聖な場所であること、あるいは他人の立ち入りを禁じて自分の土地であることを示すこと。
ここでは、相手との仲に結界を張る、つまり、この恋は誰にも邪魔させない、二人の仲は決定したものであるという強い独占の意思が、春日野という清らかな情景とともに表現されています。上2句は「絶えめや」を導く譬喩式序詞。「絶えめや」の「や」は反語で、絶えるだろうか、いや絶えはしない。「いや遠長に」の「いや」は、いよいよ、ますます。「遠長に」は、遠く長く。下に「あれ」が省かれています。
3051の「あしひきの」は「山菅」の枕詞。「山菅」は山中に生える菅で、ヤマスガと訓むものもあります。上2句は、根を「ね」に続け「ねもころに」を導く序詞。「ねもころに」は、心の底から思う、の意。「我れはぞ恋ふる」は、強調の「ぞ」+連体形の「恋ふる」による係り結び。妻である女が、夫に来訪を求めて贈った歌とされ、この「ぞ」による強調が、歌全体に強い生命力を与えています。左注に「或る本の曰く」として、第4、5句の異伝「我が思ふ人を見むよしもがも」とあります。なお、『万葉集』に多く歌われる「菅」ですが、古代には菅や葛といった植物が「みそぎ」に関係があったのか、人々の生活に相当深い関係を持っていたようです。
3052の「かきつはた」は、咲きの意で「佐紀」にかかる枕詞。「佐紀沢」は、奈良市佐紀町一帯の沼沢地で、平城京の北の外れにある水上池(みずがみいけ)だとする説もあります。『日本書紀』には、同じ読み方をする「狭城池」をつくったという話が出てきます。上3句は、菅の根が引けば切れるところから「絶ゆ」を導く序詞。「絶ゆとや」の「や」は疑問の係助詞で、下に「する」が省かれています。結びの「見えぬこのころ」は、非常に現代的な寂しさを感じさせます。かつては頻繁に逢っていた相手が、パタリと姿を見せなくなった。「このごろ」という短い時間の断絶が、作者にとっては永遠の終わりのように感じられているのです。
3053の「あしひきの」は「山」の枕詞。「ねもころに」は、心を込めて。ここでは「止まず(休むことなく)」という言葉を重ねることで、思いの継続性が強調されています。一瞬の激しい情熱ではなく、静かに、しかし決して途切れることのない深い愛のありようを描いています。「逢はむかも」の「かも」は、疑問・詠嘆の終助詞で、逢えるだろうか(いや、逢いたいものだ)。期待と不安が半分ずつ入り混じった溜息のような響きになっています。
3054の「相思はず」は、自分は思っているのに相手は思ってくれないこと。「ものをかも」の「ものを」は、逆接の接続助詞。「かも」は、疑問詠嘆。〜なのになあ。「菅の根の」は「ね」の枕詞。「ねもころごろに」は、「ねもころに」の言葉を繰り返して強調しているもので、心を尽くして。音を重ねることで、執拗なまでに、しつこいほどに、というニュアンスが加わります。自分の思いが深すぎて、自分自身でも持て余しているような、少し滑稽で悲しい執着心が表現されています。「思へるらむ」の「らむ」は、どうして〜なのだろう、という現在の原因推量。相手は冷めているのに、なぜ自分ばかりがこんなに熱いのかという、恋の温度差に対する戸惑いがこの「らむ」に凝縮されています。

万葉仮名・漢字表記の例
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |