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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-3065~3069

訓読

3065
み吉野の秋津(あきづ)の小野に刈る草(かや)の思ひ乱れて寝(ぬ)る夜(よ)しぞ多き
3066
妹(いも)待つと御笠(みかさ)の山の山菅(やますげ)の止まずや恋ひむ命(いのち)死なずは
3067
谷(たに)狭(せば)み嶺辺(みねへ)に延(は)へる玉葛(たまかづら)延(は)へてしあらば年に来ずとも [一云 岩つなの延へてしあらば]
3068
水茎(みづくき)の岡の葛葉(くずは)を吹きかへし面(おも)知る子らが見えぬころかも
3069
赤駒(あかごま)のい行きはばかる真葛原(まくずはら)何の伝言(つてこと)直(ただ)にし良(よ)けむ

意味

〈3065〉
 吉野の秋津の野で刈ったる草が乱れるように、思い乱れて独り寝る夜が多くなっている。
〈3066〉
 あの子のことを思って、三笠山の山菅ではないが、止まずに恋い続けるだろう、この命の絶えない限りは。
〈3067〉
 谷が狭くて峰に向かって伸びる玉葛のように、仲が絶えずに続くなら、一年にわたってお見えにならなくとも。(岩つなのように仲を続けるなら)
〈3068〉
 岡の葛葉が吹き返されて裏が白く見えるように、はっきりと顔を見知っているあの子が見えないこの頃だよ。
〈3069〉
 赤駒でさえ行くのをはばかる真葛原ではあるまいに、どうしてわざわざ伝言にするのか。直接に来て言えばよいのに。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、いずれも「草」に寄せての歌。3065の「み吉野」の「み」は、接頭語。広く普通名詞に用いられますが、地名では、越・熊野・吉野に限られています。「秋津の小野」は、吉野の宮滝一帯。「草(かや)」は、壁や屋根を葺く材料としての草の称。上3句は、刈った草がばらばらに乱れる意で「乱れ」を導く譬喩式序詞。「思ひ乱れて」は、ただ「悲しい」のではなく、諦めるべきか、待つべきか、忘れようか、追おうか、そんな矛盾した感情が、刈り取られた草のように収拾がつかなくなっている状態を指します。「寝る夜しぞ多き」の「し」は、強意の副助詞。「ぞ」は強めの係助詞で、「多き」が結びの連体形。男の片恋の嘆きで、類想の多い歌です。

 
3066の「妹待つと」は「御笠」の枕詞。ここは山野での逢引で、女の来るのを待っているとする見方があります。「御笠の山」は、現在の奈良市にある春日山(御蓋山)のこと。上3句は「止まず」を導く同音反復式序詞。「止まずや」の「や」は、詠嘆のこもった疑問の助詞。「命死なずは」、命が死なないならば。「は」は、仮定条件の接続助詞「ば」が清音になったもの。片恋をしている男の歌で、類想の多いものです。

 
3067の「谷狭み」の「狭み」は、形容詞「狭し」のミ語法で、谷が狭いので。「玉葛」の「玉」は美称で、「葛」はつる草の総称。上3句は、同音反復と譬喩で「延へて」を導く序詞。「延へてしあらば」の「し」は、強意の副助詞。「年に」は、一年中あるいは年に一度。窪田空穂は、「夫に疎遠にされ、ほとんど絶縁同様に扱われている女の、夫に訴えた歌である。恨みをいう余地もないとして、きわめて控え目に、せめて情だけは失いつくさないでくれと頼んでいる」と述べています。

 
3068の「水茎の」は「岡」の枕詞。水茎を植物名だとして、それが生えている岡の意で掛かるか。上3句は、顔を見知っている意の「面知る」を導く序詞。葛葉の葉は表は緑色ですが、裏は白く、風に吹き返されてそれが目立つことから掛かります。また、あの人の白い顔が鮮明に脳裏に焼き付いている、という記憶の鮮烈さも暗示しています。「見えぬころかも」の「かも」は、詠嘆。若い男の歌で、窪田空穂は「目についていた女が見えないことがあった時の歌であったろうと思われる」と述べており、佐佐木信綱は「序がすぐれており、葛の葉の白く裏がえるさま、印象爽快」と評しています。

 
3069の「赤駒」は、栗毛の馬で、若々しく元気な馬の象徴。「い行きはばかる」は、行き悩む、行くのをはばかる。「い」は動詞につく接頭語。「真葛原」の「真」は接頭語で、葛の生えている原。ここまで夫が訪ねて来ないことの譬喩。「何の伝言」は、何の伝言か、なんで伝言などするのか。反語的なニュアンスが含まれており、間接的なコミュニケーションの不確かさを拒絶しています。「直にし」の「し」は、強意の副助詞。「良けむ」は、良いだろう(良いに決まっている)。疎遠にしている夫が、たまたま伝言をして来たのに腹を立て、人を介した伝言ではまわりくどくてじれったい、直に言ってほしいと諭している歌です。
 


かづら(蘰)

 カヅラは、蔓(つる)性植物の総称の場合と、植物の蔓や緒に通した玉などを用いた髪飾りを指す場合とがある。髪飾りとしてのカヅラは、カミ(髪)+ツラ(蔓)の約と考えられ、そこから、一般に蔓草をいうようになったものであろう。同じ髪飾りでも、ウズやカザシが枝のまま髪に突き刺したのに対し、カヅラは蔓状の植物を髪に結んだり、巻きつけたり、輪状にして頭に冠したりして用いた。元来は、蔓性植物の強い生命力を身に移そうとする感染呪術に基づくと考えられている。

 『万葉集』には、蔓性植物の総称をいうカヅラに美称の「玉」が冠した「玉葛(たまかづら)」の例がしばしば見える。蔓が長く延びて絶えないことから、枕詞として「絶ゆることなく」や「いや遠長く」などを導くことが多い。

 一方、髪飾りの意のカヅラであるが、『万葉集』では様々な植物をカヅラにすることが詠まれている。なかでも、柳のカヅラを詠む例が圧倒的に多い。カヅラの動詞型カヅラクの例も見える。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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