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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-3076~3080

訓読

3076
住吉(すみのえ)の敷津(しきつ)の浦(うら)のなのりその名は告(の)りてしを逢はなくも怪(あや)し
3077
みさご居(ゐ)る荒礒(ありそ)に生(お)ふるなのりそのよし名は告(の)らじ親は知るとも
3078
波の共(むた)靡(なび)く玉藻(たまも)の片思(かたもひ)に我(あ)が思ふ人の言(こと)の繁(しげ)けく
3079
わたつみの沖つ玉藻(たまも)の靡(なび)き寝む早(はや)来(き)ませ君待たば苦しも
3080
わたつみの沖に生(お)ひたる縄海苔(なはのり)の名はかつて告(の)らじ恋ひは死ぬとも

意味

〈3076〉
 住吉の敷津の浦のなのりそではないが、名のってはいけない大切な名をお教えしたのに、逢ってくださらないのは変だ。
〈3077〉
 みさごが棲む荒礒に生えるなのりその名のように、ええどうしたってあなたの名は申しません、たとえ二人の仲を親に知られても。
〈3078〉
 波の寄るがままに靡いて片寄っている藻のように、片思いに私が思っている人の、ほかの人との噂が激しくて。
〈3079〉
 大海原の沖でくねり靡く玉藻のように、あなたに寄り添って寝たい。早くいらっしゃって下さい、待っているのは辛くてなりません。
〈3080〉
 大海原の沖に生えている縄海苔のように、あなたの名を決してもらしません。たとえ恋に思い乱れて死ぬようなことがあっても。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、いずれも「藻」に寄せての歌。3076の「住吉」は、大阪市住吉区。「敷津の浦」は、住吉大社の南西にあった海岸。「なのりそ」は海藻の名で、ホンダワラの古名。集中16例あり、同音で名を告るの序や枕詞に用いられています。上代の風習では女が男に自分の名を告げるのは結婚の承諾を意味しましたから、容易に名を告げてはなりませんでした。「な告りそ」の意とも通じるので、『万葉集』の歌には好んで詠まれています。ここの上3句は「名は告り」を導く同音反復式序詞。「逢はなく」は「逢はぬ」のク語法で名詞形。求婚に応じたのに逢おうとしない女を訝しく思っている男の歌とされます。

 
3077の「みさご」は、魚を獲る猛禽類。トビとほぼ同じ大きさで、海浜に生息し、海上から急降下して魚類を捕食します。上3句は「なのりそ」の同音で「名は告らじ」を導く序詞。「よし名は告らじ」の「よし」は、ええいままよ、ええどうしたって、で、決意のほどを示しているもの。「名は告らじ」は、君の名は言うまい。当時、相手の名前を明かすことは、二人の関係を公に認めることになり、相手に迷惑がかかったり、二人の仲が引き裂かれたりする恐れがありました。なので、たとえ親が、私たちが付き合っているという事実を知ったとしても、肝心のあなたの名前だけは、私の口からは決して漏らしません、と詠んでいるのです。なお、巻第3-362の山部赤人の歌の或本歌に「みさご居る荒磯に生ふるなのりそのよし名は告らせ親は知るとも」(363)があり、本歌の少異歌となっています。

 
3078の「波の共」の「共」は、~とともにの意で、波の寄せるままに。「玉藻」の「玉」は美称。上2句は、波が片寄る意で「片思」を導く序詞。自分の意志ではなく、相手という「波」に翻弄され、ただ寄り添いたいと願うだけの、抵抗できないほど深い片思いを象徴しています。「言の繁けく」の「言」は噂、「繁けく」は「繁し」のク語法で名詞形。男女どちらの歌とも取れ、窪田空穂は「片思いに思っている女が、ほかの男に関しての噂の多いという、男の焦燥と嫉妬を扱ったもの」と言い、佐佐木信綱は、女の歌だとして「思う男について、世間の評判が近来高くなってきた」と解しています。また、噂の内容について、相手と自分との関係についての噂とする見方もあります。

 
3079の「わたつみ」は「海の神」の意ですが、ここでは「海」。「沖つ玉藻」は、沖にある玉藻。上2句は、沖の玉藻が靡いている意で「靡き」を導く序詞。「靡き寝む」は、女が男に寄り添って共寝すること。「早来ませ」の「来ませ」は「来」の敬語「来ます」の命令形で、敬意を含みつつも、強い願望を表す表現です。「待たば苦しも」の「も」は、詠嘆の助詞。妻として夫への訴えの歌であり、佐佐木信綱は「三、四、五句ことごとく切れ、更に第四句は小さく二つに切れて、切迫感が出ている」と評し、窪田空穂も「露骨な、強い詠み方である」と述べています。

 
3080の「わたつみ」は、海。「縄海苔」は未詳ながら、細長く縄のような海藻で、ウミソウメンの古称かといいます。上3句は、ナワノリと同音で「名は告らじ」を導く序詞。「名はかつて告らじ」は、名は決して言うまいという、断固たる拒絶。原文「名者曾不告」で、カツテでは字余りになるとして、ナハサネノラジと詠むものもあります。「恋ひは死ぬとも」は、恋て死のうとも。当時、名前を明かさないことは、二人の魂を結びつける「結界」を守るようなものでした。その結界を破るくらいなら、命を落としたほうがマシだという、凄まじい決意です。親に遮られて男に逢えなくなっている女の訴えの歌とされます。
 


な(名)

 今でも「名乗る」という言い方があるように、ナはノル(告る)ものであった。ノルとは、ふだん口にすることを憚るような呪力ある言葉を発することをいう。つまり、ナも呪力ある言葉だったのである。

 雄略天皇の御製歌(巻第1-1)で天皇は、岡で若菜摘みをする娘子にイヘとナを明かすよう望み、最後には自ら名乗ろうと宣言している。ここでナと対にされたイヘは家柄・氏族の意と解され、まず大枠としてのイヘがあり、そこに個人を特定するナがあるようだ。ナを知るということは、相手を知ること、すなわち領有することになる。ゆえに、ナを知ることは古代の結婚と捉えられるのであり、男女間でナを問うことは求婚を意味した。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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