| 訓読 |
3086
なかなかに人とあらずは桑子(くはこ)にも成ならましものを玉の緒(を)ばかり
3087
真菅(ますげ)よし宗我(そが)の川原(かはら)に鳴く千鳥(ちどり)間(ま)無し我(わ)が背子(せこ)我(あ)が恋ふらくは
3088
恋衣(こひごろも)着奈良(きなら)の山に鳴く鳥の間(ま)無く時無し我(あ)が恋ふらくは
3089
遠(とほ)つ人(ひと)猟道(かりぢ)の池に住む鳥の立ちても居(ゐ)ても君をしぞ思ふ
3090
葦辺(あしへ)行く鴨(かも)の羽音(はおと)の音のみに聞きつつもとな恋ひ渡るかも
| 意味 |
〈3086〉
なまじっか人であるよりは、蚕(かいこ)にでもなったほうがいい。わずかばかりの命だとしても。
〈3087〉
宗我の川原に鳴く千鳥の声のように、のべつまくなしです、あなた、私の恋心は。
〈3088〉
恋の衣を着慣らすという奈良山で鳴く鳥の声が絶え間ないように、途切れる時がありません、私の恋は。
〈3089〉
遠くにいる人、雁という名の猟道の池に住んでいる水鳥のように、立っても座っても、絶えずあなたを思っています。
〈3090〉
芦辺を行く鴨の羽音のように、ほのかに噂を聞くばかりで、逢えないあなたをわけもなく恋い続けています。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、3086は「虫」に寄せての歌。「なかなかに」は、なまじっか、中途半端に。「人とあらずは」は、人であるよりは。「桑子」は、桑を食う子、つまり蚕。「ずは~ましを」は、反実仮想。~なかったら・・・だろうに。「玉の緒ばかり」の「玉の緒」は、玉を貫き通す紐のことで、蚕の命の短さを喩えています。養蚕に携わっている女の歌と見られ、人間として心を持ち、思考し、愛し合える可能性を知っているからこそ、叶わぬ恋に苦しむ。蚕になればそんな物思いをせずにいられ、命は短いが、それでも構わないと言っているのでしょう。それとも、蚕の作る繭から取れる糸は貴いもので、自身が用いられるのではなく貴人の物となったことから、蚕を羨む気持ちを起こしているのでしょうか。
3087~3090は「鳥」に寄せての歌。3087の「真菅よし」の「真」は接頭語、「よし」は感動の助詞で、スゲの類音から「宗我」にかかる枕詞。「宗我の川原」は、現在の奈良県御所市を発して大和川に合流する曾我川。上3句は、チ、チ、チとせわしなく鳴く千鳥の声が絶えないことから「間なし」を導く序詞。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。妻から夫に贈った形の歌で、「私があなたを想う気持ちは、この鳥の声のように、一瞬の隙もなく続いているのです」という、純粋な情熱が表現されています。「間なし~恋ふらくは」の下2句は類型的表現であり、上3句の部分で土地や景物を変え、それぞれの土地に結びつけて愛唱されたもののようです。
3088の「恋衣」はここにのみある語で、恋を常に身から離れぬ着物に喩えています。着馴らす意で奈良に続け、「恋衣着」までが「奈良」を導く序詞。「奈良の山」は、奈良市北部の丘陵地。上3句は、奈良山に鳴く鳥の声が絶え間ないところから「間なく時なし」を導く序詞。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。妻が夫に贈った形の歌であり、前の歌(3087)の「宗我川の千鳥」が「奈良山の鳥」となっているだけで、作意は同じです。窪田空穂は、「四、五句は慣用句で、それを基本にして、その地、その時の実際を序詞の形にして添え、謡い物としたもので、型となっていたものである」と述べています。
3089の「遠つ人」は、遠くから渡って来る雁を擬人化した語で、同音の猟に転じて「猟道」の枕詞としたもの。「猟道の池」は、巻第3-239に「長皇子の猟路池に遊(い)でましし時に柿本朝臣人麻呂の作る歌」があり、奈良県宇陀市の宇田川と芳野川が合流する付近の池かといいます。上3句は、水鳥が飛び立つ意で「立ち」を導く序詞。「立ちても居ても」は、鳥の生態(飛び立つ・居る)と、作者の日常の起居進退(立っている時・座っている時)の両方にかかっており、いつの時も、という意。「君をしぞ思ふ」の「し」と「ぞ」はいずれも強調の助詞で、思いの強さを際立たせています。この歌も同じく妻が夫に訴えたものとされます。
3090の「葦辺行く鴨の羽音の」について、鴨が葦の茂みの中にいるため、姿は見えません。しかし、飛び立つ時の激しい「羽音」だけは響いてくる。この、気配はするが、実体が見えないというもどかしさが、恋の状況と重ねられています。また、静かな水辺に響く羽音は、どこか落ち着かなく、心をざわつかせる響きを持っています。この上2句は「音」を導く同音反復式序詞。「音のみに」は、噂にばかり。 「もとな」は、わけもなく、やたらに。ある程度身分のある男の、顔を見ない相手への求婚の歌とされ、窪田空穂は、序詞に特色があるとして、「同音でかかる上に、譬喩として『ほのかに』の意をも持たせてあるもので、そこに新味がある」と言っています。

主な万葉学者(故人)
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