| 訓読 |
3101
紫(むらさき)は灰(はひ)さすものぞ海石榴市(つばきち)の八十(やそ)の衢(ちまた)に逢へる子や誰(た)れ
3102
たらちねの母が呼ぶ名を申(まを)さめど道行く人を誰(た)れと知りてか
| 意味 |
〈3101〉
紫は灰をさして作るもの、その灰を作る椿にちなむ海石榴市の、道が八方に分かれている広場で出逢ったあなたは、どこのどなたですか。
〈3102〉
母が呼ぶ私の名を申し上げてもいいのですが、行きずりの誰とも分からないあなたのことを、どなたと知った上で申しましょうか。
| 鑑賞 |
作者未詳の「問答歌(問いかけの歌と、それに答える歌によって構成される唱和形式の歌)」1組で、3101は男が女に贈った歌、3102はそれに返した女の歌。3101の「紫は灰さすものぞ」は、紫染めには美しく発色させるための媒染剤(ばいせんざい)として椿の灰汁(あく)を入れることを言ったもので、女を「紫」に、自分を「灰」に譬え、「紫色は灰汁をさして美しい色になるものだ。女だって男とふれてそうなるのだから、あなたも私と付き合えよ」と誘っています。この上2句は、椿の灰を意味するところから「海石榴市」を導く序詞となっています。「海石榴市」は、奈良県桜井市金屋の三輪山の山麓にあった市(いち)で、交通の要衝として非常に賑わっていました。また歌垣の場所としても知られ、ここの歌は、その折の恋の掛け合い、あるいは、謡い物として、古くから伝わった歌かもしれません。「八十の衢」は、道が四方八方に分かれている所。「逢へる子や誰」は、「あなたは誰ですか」という問いかけ。当時の感覚では、名を聞くことは求婚に直結する非常に積極的なアプローチでした。。
男の、貴い紫色も灰を混ぜて一体とすることで初めて成り立つものだという口説き文句について、詩人の大岡信は、「(紫と灰の)両者の混合、すなわち性交を暗示しているととれる。この歌には性的なほのめかしがあると考えていいだろう。少なくともこの歌のエロティシズムは、そこから来ている」と言っています。
3102の「たらちねの」は「母」の枕詞。「母が呼ぶ名」は、母が呼ぶ本名のことで、本名を明かすことは求婚を受け入れることを意味しました。「申さめど」は、申してもよいが。「道行く人」は、行きずりの人。「誰れと知りてか」は、下に「申さむ」が略されており、どなたと知って私の名を申しましょうか。相手が自分の名を名乗らずいきなり問うてきたのに対し、不審げに問い返しており、気をもたせながら求婚を一応はねつける歌となっています。なお、歌垣の場で「誰と知りてか」などと応答することはあり得ないとして、ふつうの一組の贈答問答の歌とする見方があります。

歌垣について
歌垣は、もともとは豊作を祈る行事で、春秋の決まった日に男女が山や市(いち)に集まり、歌舞や飲食に興じた後、性の解放、すなわち乱婚が許されました。昔の日本人は性に関してはかなり奔放で、独身者ばかりではなく、夫婦で参加して楽しんでいたようです。歌垣が行われた場所としては、常陸の筑波山や大和の海柘榴市(つばいち)が有名です。東国では嬥歌(かがい)と呼ばれました。
『常陸風土記』にも筑波山の嬥歌会のことが書かれており、それによると、足柄山以東の諸国から男女が集まり、徒歩の者だけでなく騎馬の者もいたとありますから、遠方からも大層な人数が、胸をわくわくさせて集まる一大行事だったことが窺えます。また、土地の諺も載っており、「筑波峰の会に娉(つまどひ)の財(たから)を得ざる者は、児女(むすめ)と為(せ)ず」、つまり「筑波峰の歌垣で、男から妻問いのしるしの財物を得ずに帰ってくるような娘は、娘として扱わない」というのですから驚きます。
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