本文へスキップ

巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-3103~3106

訓読

3103
逢はなくは然(しか)もありなむ玉梓(たまづさ)の使(つかひ)をだにも待ちやかねてむ

3104
逢はむとは千度(ちたび)思へどあり通(がよ)ふ人目(ひとめ)を多み恋つつぞ居(を)る
3105
人目(ひとめ)多み直(ただ)に逢はずてけだしくも我(あ)が恋ひ死なば誰(た)が名ならむも
3106
相(あひ)見まく欲しきがためは君よりも我(わ)れぞまさりていふかしみする

意味

〈3103〉
 逢えないことがあるのは仕方ないでしょう。だけど、お便りを運ぶ使いさえも待ちわびなければならないのでしょうか。
〈3104〉
 逢いたいとは何度も思っていますが、ひっきりなしに往き来する人の目が多いので、ただ恋い続けていることです。
〈3105〉
 人目が多いからといってじかに逢ってくれないで、もしも私が恋死にでもしたら、いったい誰の評判になるだろうか、だれでもない、あなたの評判になるだろうよ。
〈3106〉
 お逢いしたいと願う気持ちは、あなたより私の方がまさっているのに、どうしておいでにならないのか、変に思っています。

鑑賞

 作者未詳の「問答歌(問いかけの歌とそれに答える歌によって構成される唱和形式の歌)」2組。3103は、男の疎遠を恨んだ女の歌、3104はそれに返した男の歌。3103の「然もありなむ」は、それも仕方がない、そういうこともあろう。「玉梓の」は「使」の枕詞。古代、便りを運ぶ使者は「梓」の枝に手紙を結びつけて持っていたことに由来します。「使をだにも」は、使いさえも。「待ちやかねてむ」の「や」は、疑問、「かぬ」は、できない、「てむ」は、推量の強調。待ちきれないだろう、耐えがたい、の意。自分の感情が制御不能になりつつあることを吐露しています。

 
3104の「千度思へど」は、千回思うという誇張表現で、抑えきれないほど強い執着や渇望を表します。「あり通ふ」は、続いて往き来している、絶え間なく行き交う。「人目を多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、人目が多いので。「恋ひつつぞ居る」は、恋い続けている。「居る」は動かずにその場に留まっている状態。強調の「ぞ」+連体形の係り結びになっており、「ただ恋しく思っている」と述べるだけでなく、「ぞ」を入れることで、「(逢いたいけれど逢えない、そのもどかしい極限状態の結果として)じっと恋い焦がれることしかできないのだ」という強い断定と、心の叫びが強調されています。

 3105は、逢いに行きたいのに逢えないのは、あなたのせいだと威嚇するふりをして言い訳する男の歌、3106は、それはおかしいと女がやり返した歌。
3105の「人目多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、人目が多いので。「直に逢はずて」は、直接に逢わないでいて。ここは今直ぐにの意とする説もあります。「けだしくも」は、もしかして、万一。「誰が名ならむも」は、誰の評判になろうか、誰でもないあなたの評判になろう。「名」は、ここでは浮名や悪評のこと。最後の「も」は、詠嘆や強い念押しを含んでいます。

 
3106の「見まく」は「見む」のク語法で名詞形、逢いたいと思っていること。「欲しきがためは」は、〜したいと切望する点については。原文「欲為者」で、ホシケクスレバ、ホシミシスレバなどと訓むものもあります。「君よりも我れぞまさりて」は、あなたよりも私の方が(思いが)勝っている。ここでも「ぞ」による係り結びが使われており、自分の思いの深さを強く断定しています。「いふかしみする」は、形容詞「いふかし」のミ語法「いふかしみ」に動詞「す」の付いたもので、心が晴れない、不審に思う、気がかりである意。窪田空穂は、「男の威嚇をさりげなく聞き流し、静かになだめている歌である。女のほうが地歩を占め得ている」と言っています。
 


枕詞あれこれ

  • 高砂の
    「松」「尾上(をのへ)」に掛かる枕詞。高砂(兵庫県)の地が尾上神社の松で有名なところから。同音の「待つ」にも掛かる。
  • 玉櫛笥(たまくしげ)
    玉櫛笥の「玉」は接頭語で、「櫛笥」は櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥を開けるところから「あく」に、櫛笥には蓋があるところから「二(ふた)」「二上山」に、身があるところから「三諸(みもろ)」などに掛かる枕詞。
  • 玉梓(たまづさ)の
    「使ひ」に掛かる枕詞。古く便りを伝える使者は、梓(あずさ)の枝を持ち、これに手紙を結びつけて運んでいたことから。また、妹のもとへやる意味から「妹」にも掛かる。
  • 玉鉾(たまほこ)の
    「道」「里」に掛かる枕詞。「玉桙」は立派な桙の意ながら、掛かる理由は未詳。
  • たらちねの
    「母」に掛かる枕詞。語義、掛かる理由未詳。
  • ちはやぶる
    「ちはやぶる」は荒々しい、たけだけしい意。荒々しい「氏」ということから、地名の「宇治」に、また荒々しい神ということから「神」および「神」を含む語や神の名に掛かる枕詞。
  • 夏麻(なつそ)引く
    「夏麻」は、夏に畑から引き抜く麻で、夏麻は「績(う)む」ものであるところから、同音で「海上(うなかみ)」「宇奈比(うなひ)」などの「う」に掛かる枕詞。また、夏麻から糸をつむぐので、同音の「命(いのち)」の「い」に掛かる。
  • 久方(ひさかた)の
    天空に関係のある「天(あま・あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる枕詞。語義、掛かる理由は未詳。
  • もののふの
    もののふ(文武の官)の氏(うぢ)の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。
  • 百敷(ももしき)の
    「大宮」に掛かる枕詞。「ももしき」は「ももいしき(百石木」が変化した語で、多くの石や木で造ってあるの意から。
  • 八雲(やくも)立つ
    地名の「出雲」にかかる枕詞。多くの雲が立ちのぼる意。
  • 若草の
    若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などに掛かる枕詞。

【PR】

ベルメゾンネット

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。