| 訓読 |
3111
すべもなき片恋(かたこひ)をすとこのころに我(あ)が死ぬべきは夢(いめ)に見えきや
3112
夢(いめ)に見て衣(ころも)を取り着(き)装(よそ)ふ間(ま)に妹(いも)が使ひそ先立ちにける
3113
ありありて後(のち)も逢はむと言(こと)のみを堅(かた)く言ひつつ逢ふとはなしに
3114
極(きは)まりて我(わ)れも逢はむと思へども人の言(こと)こそ繁(しげ)き君にあれ
| 意味 |
〈3111〉
どうすることもできない片恋をするとて、今にも死んでしまいそうな私の姿は、あなたの夢に見えたでしょうか。
〈3112〉
あなたの姿を夢に見て、すぐに着物を着て出かける身仕度をしていたら、あなたの言葉を伝える使いの方が先に来てしまいました。
〈3113〉
ずっとこのままの気持ちでいて、後に逢おうと堅く約束しながら、一向に逢ってくれませんね。
〈3114〉
この上なく私もお逢いしたいと思っているのですが、世間の噂が多いあなたですから。
| 鑑賞 |
作者未詳の「問答歌(問いかけの歌と、それに答える歌によって構成される唱和形式の歌)」2組。3111は女の歌、3112はそれに返した男の歌。3111の「すべもなき」は、どうすることもできない。「片恋をすと」は、片恋をするとて、片思いをしているので。「死ぬべきは」の「べき」は確かな未来を表し、死ぬべきことは、死にそうなのは。「夢に見えきや」の「や」は、疑問。思うと相手の夢に見えるという俗信から、自分の死ぬほどの思いが夢に見えたでしょうか、と言っています。私のこれほどの苦しみが、あなたの夢に届くほど強く結びついていますか?という、魂の感応を確認する切実な問いかけです。もし夢に出ていないなら、それは二人の心の繋がりが切れていることを意味します。
3112の「衣取り着装ふ間に」は、慌てて身支度を整える様子です。「よそふ」には、正装するという意味も含まれます。「先立ちにける」は、先になった。あなたからの歌を届ける使いが先に来てしまったという意。嬉しい誤算による、大慌ての様子を強調しています。女の鋭く迫る歌に応答も弁解もしにくいところを、見事に機知に富んだ返歌となっています。ただし、なすすべもない片恋の相手に歌を贈って、夢に自分が見えたかと尋ねるはずもなく、男の返歌にも一段と誇張が見られることなどから、詩人の大岡信は、この2首は、多分に一人の人物(男性知識人)による創作めいていて、文学的な遊びの雰囲気があるように感じられると言っています。そういう目で見てみれば、「問答歌」全体にそのような雰囲気がある、とも。
3113は女の歌、3114はそれに返した男の歌です。3113の「ありありて」の「あり」は、同じ状態が存在している、または存続している意で、ここは、変わらぬ気持ちを持ち続けて、生き続けて。「後も逢はむ」は、後で(将来は)逢おう。今すぐではなく、先延ばしにする際の決まり文句です。「言のみを」は、言葉ばかりを。「堅く言ひつつ」の「つつ」は、逆接の接続助詞。堅く約束をしながら。「逢ふとはなしに」は、逢うということはなくても。ちっとも逢おうとはなさらないで。
3114の「極まりて」は、甚だ、この上なく。他の解釈として、いずれ最後には、の意とする説があります。「我れも逢はむと思へども」は、私も(あなたと同じように)逢いたいと思っているのだが。「繁き君にあれ」の「あれ」は命令形ではなく、上の「こそ」の結びで已然形。あなたなのだ、の意。女の恨みに対して、男が恨み返した歌です。窪田空穂は、「恨みではあるが、語少なく、余意のある、しかるべき男を思わせる歌である。調べも強く、さっぱりしている」と述べています。なお、3113を男の歌、3114を女の歌と見る説もあります。

万葉歌の人気ベスト10
第1位
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
~額田王(巻1-20)
第2位
石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
~志貴皇子(巻8-1418)
第3位
新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事
~大伴家持(巻20-4516)
第4位
春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山
~持統天皇(巻1-28)
第5位
田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける
~山部赤人(巻3-318)
第6位
恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば
~大伴坂上郎女(巻4-661)
第7位
東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
~柿本人麻呂(巻1-48)
第8位
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎいでな
~額田王(巻1-8)
第9位
銀も金も玉もなにせむに優れる宝子に及かめやも
~山上憶良(巻5-803)
第10位
我が背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露に我が立ち濡れし
~大伯皇女(巻2-105)
~NHK『万葉集への招待』から
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