| 訓読 |
3123
ただひとり寝(ぬ)れど寝(ね)かねて白栲(しろたへ)の袖(そで)を笠に着(き)濡れつつぞ来(こ)し
3124
雨も降り夜(よ)も更(ふ)けにけり今さらに君 去(い)なめやも紐(ひも)解き設(ま)けな
3125
ひさかたの雨の降る日を我(わ)が門(かど)に蓑笠(みのかさ)着(き)ずて来(け)る人や誰(た)れ
3126
巻向(まきむく)の穴師(あなし)の山に雲(くも)居(ゐ)つつ雨は降れども濡(ぬ)れつつぞ来(こ)し
| 意味 |
〈3123〉
たった一人で寝てみたけれど、恋しくて寝るに寝られず、袖をかざして笠代わりにして雨の中を濡れながらやってきたよ。
〈3124〉
雨も降っているし、夜もすっかり更けています。このままお帰りになるってことはないでしょうね。さあ、紐を解いて共寝の準備をしましょう。
〈3125〉
雨が降っている日なのに、蓑笠も着けずに、我が家の門口に来ている人はどなたでしょうか。
〈3126〉
巻向の穴師の山に雲がかかっていて、雨は降るけれども、濡れながらやって来きました。
| 鑑賞 |
作者未詳の「問答歌(問いかけの歌と、それに答える歌によって構成される唱和形式の歌)」2組。3123は男の歌、3124はそれに返した女の歌。3123の「寝かねて」は、寝つくことができず。独り寝の寂しさに耐えきれず、悶々としている様子。「白栲の」は「袖」の枕詞。「袖を笠に着」は、袖を頭の上に掲げて笠を着たようにして。「濡れつつぞ来し」は、強調の「ぞ」+連体形の係り結び。雨には天の強い呪力が宿っているとされ、雨に濡れることは禁忌とされました。そのため、男女の恋愛生活においても、雨の降る夜に男が女の許を訪れることは基本的に避けられていましたが、ここではそれを冒してやって来たと歌い、女への思いの深さを訴えています。
3124の「君去なめやも」の「やも」は反語で、今さらあなたが帰るということがあろうか、ありはしない。原文「君将行哉」で、キミユカメヤモと訓むものもあります。「紐解き設けな」の「設く」は準備をする意、「な」は勧誘で、紐を解いて準備をしましょう。濡れ鼠で来た男が共寝は遠慮してすぐ帰ると言ったのを引き留めているのでしょうか。窪田空穂は、「この歌は、女が酒の相手などしていて、雨が降り出し、夜も更けたといって、強いて男を泊まらせようとする歌である。・・・上の歌とは関係のない歌を、雨と女とがあるので、強いて組合わせたものとみえる」と言っています。
3125は女の歌、3126はそれに返した男の歌。3125の「ひさかたの」は「天」にかかかるのを「雨」に転じさせて枕詞としているもの。「雨の降る日を」の「を」は、~であるのに、の意で、逆説的に用いているもの。「蓑笠着ずて」は、当時の正式な雨具である蓑と笠を装備していないこと。「来る人や誰」の「来(け)る」は「来たる」の古語で、来ているのは誰であろうか。他の誰でもない夫だと知って言っている語であって、雨具もなくやって来た夫の姿に感激しています。
3126の「巻向の穴師の山」は、奈良県桜井市北部の山で、巻向の山の中の一つ。「雲居つつ」の「つつ」は継続で、雲がかかっていて。「濡れつつぞ来し」は、強調の「ぞ」+連体形の係り結び。3123の歌と同様の結びですが、穴師の山という具体的な空間の広がりが加わったことで、「濡れた距離」の長さが伝わってきます。また、「雲居つつ」「雨は降れども」「濡れつつぞ来し」と、たたみかけるような調べから、雨の中を一歩一歩踏みしめて歩いてくる男性の力強さが感じられます。男の歌は、女の歌に比べて落ち着いた趣きであり、国文学者の小野寛は、「問歌は、雨に濡れて来た人だーれ、とわざと知らぬげにじらして、男は地名をきちんと詠み込んで格調高く、雨に濡れて来たことを答えた。落ちついた調子には、おとぼけの風がある」と述べています。

巻第11と第12
巻第11と第12は「古今相聞往来歌類」という名が付いていて、巻第11が上巻、第12が下巻という構成になっています。各巻のそれぞれの部立ては以下の通りになっています。
(巻第11:古今相聞往来歌類上巻)
(1)旋頭歌 15首(柿本人麻呂歌集の歌・古歌集)
(2)正述心緒 47首(柿本人麻呂歌集の歌)
(3)寄物陳思 94首(柿本人麻呂歌集の歌)
(4)問答 9首(柿本人麻呂歌集の歌)
(5)正述心緒 104首
(6)寄物陳思 193首
(7)問答 20首
(8)比喩 13首
(巻第12:古今相聞往来歌類下巻)
(1)正述心緒 10首(柿本人麻呂歌集の歌)
(2)寄物陳思 14首(柿本人麻呂歌集の歌)
(3)正述心緒 100首
(4)寄物陳思 193首
(5)問答 26首
(6)羇旅發思 53首
(7)悲別歌 31首
(8)問答 10首
巻第11・12の歌は、巻第13と同じく全て「作者未詳歌」で、詞書もなく配列されている巻です。このためもあって、作成年代は、研究者の間でも確定していません。
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |