| 訓読 |
3161
在千潟(ありちがた)あり慰(なぐさ)めて行かめども家なる妹(いも)いおほほしみせめ
3162
みをつくし心尽くして思へかもここにももとな夢(いめ)にし見ゆる
3163
我妹子(わぎもこ)に触(ふ)るとはなしに荒礒廻(ありそみ)に我(わ)が衣手(ころもで)は濡れにけるかも
3164
室(むろ)の浦の瀬戸(せと)の崎なる鳴島(なきしま)の磯(いそ)越す波に濡れにけるかも
3165
霍公鳥(ほととぎす)飛幡(とばた)の浦にしく波のしくしく君を見むよしもがも
| 意味 |
〈3161〉
在千潟の名のように、このままあなたを相手にあり続けて楽しんで行きたいけれど、家で待つ妻が悲しむことだろう。
〈3162〉
家の妻が、身を尽くし心を尽くして私のことを思ってくれているせいか、旅先のここにいても、わけもなく妻の姿が夢に出てくる。
〈3163〉
愛しいあの子に触れることがないまま、荒々しい礒の辺りを通るこの旅で、私の着物の袖はすっかり濡れてしまった。
〈3164〉
室の浦の瀬戸の崎に浮かぶ鳴島、その島が泣く涙なのか、磯を越してくる波にすっかり濡れてしまった。
〈3165〉
霍公鳥が飛ぶではないが、その飛幡の浦に繰り返しやって来る波のように、しばしばあの方とお逢いできる手立てがあったらなあ。
| 鑑賞 |
作者未詳の「羈旅発思」(旅にあって思いを発した歌)5首。3161の「在千潟」は、所在未詳。同音で「あり」にかかる枕詞。「あり慰めて」は、このままあり続けて心を慰めて。「行かめども」は、行きたいけれど。「妹い」の「い」は、接尾語。「おほほしみせめ」の「おほほし」は、空が曇っている様子や、心が晴れない、ぼんやりとして不安な状態を指します。「せめ」は、推量、または「〜させる」という使役的な含み。原文「将欝悒」で、イフカシミセムと詠むものもあります。イフカシミは、不審を抱いて不安に思う意。一夜妻といる男が、家の妻を持ち出して別れようとした時の歌とされます。
3162の「みをつくし」は、川や海の船の水路に立てる標で、同音で「心尽くして」にかかる枕詞。「心尽くして」は、精一杯心を傾けて。「思へかも」は「思へばかも」の古格で、思っているからだろうか。「ここにも」の「ここ」は、作者のいる場所。「もとな」は、わけもなく、むやみに。「夢にし見ゆる」の「し」は、強意の副助詞。旅にある夫が、家にいる妻に贈った歌で、「みをつくし」という言葉は、古歌において「難波(なにわ)」の代名詞としてよく使われることから、旅先が難波であることを思わせるものです。なお、当時は「夢」を「いめ」と言っていました。元は「寝目(いめ)」という意味だったようです。
3163の「荒礒廻」の「廻」は、めぐる意の「みる」の名詞化。険しく、厳しい旅路を象徴しています。「衣手」は、衣の袖。「濡れにけるかも」は、濡れてしまったなあ。ふと気づいた時の落胆や、どうしようもない空しさが込められています。窪田空穂は、「妹に逢えば、それだけで涙も流れようとするごとき心を抱いて、海岸寄りを漕いでいる船中にいた人が、荒磯にぶつかる浪のしぶきに濡れた時の心である」「語は単純であるが、それにしては、深い心持をあらわしている歌である」と述べており、折口信夫は、自分の袖が濡れたのは「波の雫か、それとも、目から零れた涙か」と言っています。
3164の「室の浦」は、兵庫県たつの市御津町室津で、瀬戸内海航路の要津の一つ。奈良時代から栄えた地で、江戸時代には姫路藩の港となり、西国大名は参勤交代の時にこの港を利用したため宿場町として賑わい、本陣がいくつもあり、かつては「室津千軒」と呼ばれていました。「瀬戸の崎」の「瀬戸」は狭い海峡、「崎」は岬のこと。「鳴島」は、相生市の沖合の君島。波の音が鳴り響くことからその名がついた、あるいは波が激しい場所であることを暗示しています。窪田空穂は、「瀬戸内海を舟行している京の官人の、鳴島に上陸して、海を眺めていて、思わず浪に濡らされた感である」と言っており、畳み掛けるような地名の連鎖が生み出すリズムと臨場感が魅力的な歌です。
3165の「霍公鳥」は初夏を告げる鳥で、季節感を添えると共に、飛ぶと続き「飛幡」にかかる枕詞。「飛幡の浦」は、北九州市戸畑区の洞海湾にあった入江。「しく波」は、繰り返しやって来る波。上3句は「しくしく」を導く譬喩式序詞。「しくしく」は、しきりに、何度も何度も。波が次から次へと打ち寄せる様子を、自分の「逢いたい」という衝動の強さに重ねています。「見むよし」は、逢うための手立て。「もがも」は、願望の助詞。旅先で男が知り合った女の歌とされ、飛幡の浦あたりにいる遊行女婦だったかもしれません。

こころ(心)
現代の私たちにとって、ココロはすでに自明なものとして存在しているのかもしれない。手近な辞書を見ると、ココロとは、人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの、またその働きなどと説明されている。だが、古代のココロには相当に深い奥行きがある。古代のココロを探る場合、類似の概念であるタマ(魂)との関係を、どう把握するかが大きな問題となる。
魂はそれぞれの個体に宿る生命力の本質とされるものをいう。魂または個体にとって、本来的な他者として存在した。魂は容器としての身体に宿り、時としてそこから遊離あるいは分離することができるとされた。魂が身体から完全に分離すると死を招くことになる。
一方、ココロはどのようなものとされたのか。魂とは違い、ココロは個体に内在する何ものかであると考えられた。むしろ、外界との関係において初めて知覚されるものがココロだった。「心」に接続する枕詞に「群肝(むらきも)の」「肝(きも)向ふ」がある。これは、どうやら、心臓の鼓動を心の動きとして知覚したところに生まれた枕詞であるらしい。
~『万葉語誌』から引用
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |