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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-3166~3170

訓読

3166
我妹子(わぎもこ)を外(よそ)のみや見む越(こし)の海の子難(こがた)の海の島ならなくに
3167
波の間(ま)ゆ雲居(くもゐ)に見ゆる粟島(あはしま)の逢はぬものゆゑ我(わ)に寄(よ)そる子ら
3168
衣手(ころもで)の真若(まわか)の浦の真砂地(まなごつち)間(ま)なく時なし我(あ)が恋ふらくは
3169
能登(のと)の海に釣(つ)りする海人(あま)の漁(いざ)り火の光りにい行く月待ちがてり
3170
志賀(しか)の海人(あま)の釣りし燭(とも)せる漁(いざ)り火のほのかに妹(いも)を見むよしもがも

意味

〈3166〉
 あの愛しい子を、傍目にだけ見て過ごさねばならないというのか。越の海の子難の海に浮かぶ島ではあるまいに。
〈3167〉
 波の間からはるかに見える粟島のように、逢ってもいないのに、私と関係あるように噂を立てられている子よ。
〈3168〉
 真若の浦の白い砂浜のように、絶え間なく、時の区別もなく、私は恋い焦がれている。
〈3169〉
 能登の海で釣りをしている漁師たちが焚く、あの漁り火を頼りに進んでいく。そんなふうに、私は暗闇の中で月が出てくるのを待ちかねるようにして、あなたを今か今かと待ちわびています。
〈3170〉
 志賀島の海人が夜釣りに燭している漁り火の、ちらちら照らす光のように、ちらっとでもあの子を見るきっかけがあればなあ。

鑑賞

 作者未詳の「羈旅発思(旅にあって思いを発した歌)」5首。3166の「外のみや見む」の「や」は詠嘆的疑問で、傍目に眺めるだけでいいだろうか(いや、よくない)。「越の海」は、越前・越中にかけての海。「子難の海」は、所在未詳。「子が難(かた)し」、すなわち女に逢い難いの意を掛けています。「島ならなくに」は「島ならず」のク語法「島ならなく」に、助詞の「に」を添えたもので、島ではないのだから。遠く離れている妻に贈った歌とされますが、外目にのみは見ているのだから、旅中に見初めた土地の女に呼びかけている歌かもしれません。地名によるダジャレを論理の柱に据えている歌であり、当時の万葉人は、こうした地名の響きから即興的に感情を引き出す遊びを好んだようです。

 
3167の「波の間ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「雲居」は、ここでは水平線に接している空で、海上遠く。「粟島」は、諸説あるものの所在未詳。上3句はその「粟島」の同音反復で「逢は」を導く序詞。「逢はぬものゆゑ」の「ゆゑ」は逆説で、逢ってもいないのに。「我に寄そる」は、私に(噂を)結びつける。私とあの子が付き合っていると世間が言い立てる。「子ら」の「ら」は、接尾語。男の歌で、世間から関係があるように言われる女に対し関心と愛着を示している歌ですが、旅中の感じが乏しいものです。

 
3168の「衣手の」は、真袖(左右の袖)という意で「真」にかかる枕詞。「真若の浦」の「真」は美称で、和歌山市和歌の浦とされます。「真砂地」は、白い砂浜が続く海岸。上3句は「間なく」を導く同音反復式序詞。「間なく時なし」は、絶え間なく時の区別もなく。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。同音の「ま」の頭韻が繰り返されているのは、意識しての技巧のようです。旅先で出逢った可愛い子への思いを歌ったものでしょうか。

 
3169の「能登の海」は、現在の石川県能登半島の海。「漁り火」は、夜間に魚を誘い寄せるために船の上で焚く火。「光にい行く」の「い」は接頭語で、漁り火の光を頼りに舟が進んで行く様子。「月待ちがてり」は、月の出を待ちながら。月が出る前の真っ暗な時間、漁師たちは心もとない漁り火の光だけを頼りに海にいます。この頼りない光(=現状の孤独や不安)と、待ち望む満月(=愛しい人の訪れ)の対比が、作者の切実な恋心を浮き彫りにしています。そして、漁り火が揺れ、船がゆっくりと進む様子は、停滞しているようでいて、実は月が出る瞬間へと一刻一刻近づいています。その刻々と過ぎる時間の重みが、「待ちがてり」という言葉に凝縮されています。

 
3170の「志賀」は、福岡県の志賀島。「志賀の海人」は、『万葉集』では熟練した船乗りや漁師の代名詞として登場します。上3句は「ほのかに」を導く譬喩式序詞。「よしもがも」は、手だてがあればなあ、方法があればいいのに。「もがも」は強い願望を表す終助詞。京の官人が志賀の海人の漁火を見て、故郷の妻を思っている歌とされ、夜の海という暗闇の中で、わずかに揺れる「火」のイメージを、恋の成就の難しさと切なさに重ねています。
 


『万葉集』に見られる信仰・呪術

  • 言霊(ことだま)信仰
    『万葉集』を象徴する最も根底にある信仰で、「発した言葉はそのまま現実の事象として実現する」という考え方です。歌にみる表現としては、「言霊の幸(さき)はふ国」(言葉の霊力によって幸福がもたらされる国=日本)というフレーズが有名です。良い言葉を発すれば良いことが起き、不吉な言葉を口にすれば災いが降りかかると信じられていたため、言葉選びには極めて慎重でした。たとえば、 旅立つ人に対して「無事に帰る」というポジティブな言葉を歌に詠み込んで贈ることは、それ自体が強力な安全祈願のおまじないでした。
  • 恋のおまじない・兆し(占)
    万葉びとにとって、恋は命がけの関心事であり、相手の気持ちを知るため、あるいは自分を思ってくれているかを確認するために、身の回りの現象を占いやおまじないに結びつけていました。たとえば、「袖を振る」行為は、 単なる挨拶ではなく、「相手の魂を呼び寄せる・引き寄せる」という求愛の呪術的な意味を持っていて、人に見られないように袖を振る歌などが残されています。また、下紐の解け、すなわち 着物の内側の紐が自然と解けるのは、「愛する人が自分を強く想ってくれている兆し」とされました。占いとしては、夕方に道行く人の話し声(言葉の断片)を拾って吉凶を占う「夕占」や、歩く足音や足の運びで占う「足占」があり、恋の成就を占うのによく使われました。
  • 旅の安全を祈る呪術
    住み慣れた土地(土地の神の庇護下)を離れて旅に出ることは、当時は命がけの行為でした。そのため、旅路や留守宅では様々な防御の呪術が行われました。たとえば、草結びといって、旅の途中で草の葉を結び合わせることで、「自分の魂をその土地に留め置き、道中の安全を確保する」「無事に帰るための呪的な絆とする」というものがありました。また、着物の裾を結ぶなどして、自分の魂が身体から抜け出て(あるいは旅先で迷子になって)衰弱するのを防ぐおまじない(魂結び)などがありました。
  • 土地の神や自然への信仰
    山や海、川にはそれぞれ強力な神々(地主神・荒魂など)が宿っていると考えられていました。そのために行われた「国誉め(くにほめ)」は、支配者や旅人がその土地の景観を「素晴らしい、豊かな土地だ」と褒め称える歌を詠んで、土地の神を喜ばせ、その加護を得るための重要な儀礼的呪術でした。また、山を恐れ、鎮める行為として、険しい峠を越える際、手向け(たむけ)として幣(ぬさ=神に捧げる布や紙)を捧げ、山の神の怒りを鎮めようとしました。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。