| 訓読 |
3200
飼飯(けひ)の浦に寄する白波(しらなみ)しくしくに妹(いも)が姿は思ほゆるかも
3201
時つ風(かぜ)吹飯(ふけひ)の浜に出(い)で居(ゐ)つつ贖(あか)ふ命は妹(いも)がためこそ
3202
柔田津(にきたつ)に舟乗りせむと聞きしなへ何(なに)ぞも君が見え来(こ)ざるらむ
3203
みさご居(ゐ)る洲(す)に居(ゐ)る舟の漕ぎ出(で)なばうら恋しけむ後(のち)は逢ひぬとも
| 意味 |
〈3200〉
飼飯の浦に寄せている白波のように、しきりに家にいる妻のことが思い出される。
〈3201〉
時つ風が吹く吹飯の浜に出て立ち、神に幣を捧げて無事を祈るこの命は、愛しい妻のためのことだ。
〈3202〉
柔田津で船出をすると聞いたのに、どうしてあの方は私の家に来ないのでしょう。
〈3203〉
みさごが棲む洲に停泊している舟が漕ぎ出したならば、心の中で恋しく思うでしょう、後には逢えるとしても。
| 鑑賞 |
作者未詳の「別れを悲しむ」歌4首。3200の「飼飯の浦」は、淡路島西岸、南あわじ市松帆慶野の海岸、または福井県敦賀市の気比神社で知られる海岸かと言います。上2句は、「寄する白波」が絶えないことから「しくしくに」を導く譬喩式序詞。「しくしくに」は、しきりに。この歌は、別れを悲しむ歌というより、旅にあって詠んだ歌です。窪田空穂は、「難波から船出して、瀬戸内海を航行する官人が、寄港地の淡路の飼飯の浦での歌であろう。眼前を捉えたものと思われる。船出をして多分二日目くらいであるから、旅愁をそそられることが多かったのであろう」と述べています。
3201の「時つ風」は、潮の満ち引きに先立って吹く風。「吹け」の同音で「吹飯」にかかる枕詞。「吹飯の浜」は、大阪府泉南郡岬町深日の海岸。当時は紀伊国へ抜けるための交通の要衝であり、航海の安全を祈る場所でもありました。「出で居つつ」は、浜に出て、じっと佇んでいる様子。「贖ふ」は、神に幣を捧げて加護を祈ること。「妹がためこそ」の「こそ」は強い強調の係助詞。この歌も別れを悲しむ歌ではなく、旅先の吹飯の浜で禊をした時に妹を思って詠んだ歌です。前歌とともに男の歌。
3202の「柔田津」は、伊予松山の海岸とされますが、確かな所在地は不明。「聞きしなへ」の「なへ」は、~と同時に、~につれて。「何ぞも」は、どうして~か。強い疑問と不満の混じった問いかけです。「見え来ざるらむ」の「らむ」は現在推量の助動詞で、見えてこないのだろうか(姿を見せないのだろうか)。柔田津に住む女が、その男が船出をするという噂を聞き、それなら自分の所に別れに来そうなのにと思って恨んでいる歌とされます。
3203の「みさご」は、タカ科の鳥で、水辺に棲んで魚を捕えます。「漕ぎ出なば」は、(いよいよ)漕ぎ出してしまったならば。「うら恋しけむ」は、心の中でひそかに恋しく思うだろう。上代に用いられた「心」の類語に「うら」と「した」があり、『万葉集』では「うら」は26首、「した」は23首の用例が認められます。「うら」は、隠すつもりはなく自然に心の中にあり、表面には現れない気持ち、「した」は、敢えて隠そうとして堪えている気持ちを表わしています。「後は逢ひぬとも」は、後で会えるとしても。船着き場の遊行女婦の歌かと言います。

『万葉集』クイズ
【解答】1.田辺福麻呂 2.大伴宿奈麻呂 3.大伴田村大嬢 4.藤原房前 5.児島 6.山上憶良 7.挽歌 8.柿本人麻呂 9.仏足石歌 10.略体歌
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