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巻第13(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第13-3245~3247

訓読

3245
天橋(あまはし)も 長くもがも 高山(たかやま)も 高くもがも 月読(つくよみ)の 持てる変若水(をちみづ) い取り来て 君に奉(まつ)りて 変若(をち)得てしかも
3246
天(あめ)なるや月日(つきひ)のごとく我(あ)が思へる君が日に異(け)に老ゆらく惜(を)しも

3247
沼名川(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得し玉かも 拾(ひり)ひて 得し玉かも 惜(あたら)しき 君が老ゆらく惜(を)しも

意味

〈3245〉
 天へと通じる天橋よ、もっと長くなっておくれ。高山よ、もっと高くなっておくれ。そうしたら、お月様に行って、若返りの水をいただいてきて、貴方に捧げて、若返っていただくのに。
〈3246〉
 天にあるお日様やお月様のように思っている貴方が、日に日に老いていかれるのが惜しくてなりません。

〈3247〉
 沼名川の川底にある玉、探し求めてやっと得た玉よ。拾い求めて持っている玉よ。この玉のようにかけがえもなく大切なあなた、そのあなたが老いていかれるのは、とても切ない。

鑑賞

 3245・3246は、女が、愛する男が老いていくのを悲しんで詠った長歌と反歌。3245の「天橋」は、天へ昇る階段、天の浮橋で、想像上のもの。「もがも」は、希求・願望の助詞「もが」に詠嘆の助詞「も」が接続したもの。「月読」は、月の神様。「変若水」は、文字通り「若く変わる」、若返りの水で、月の神様が持っているとされました。道教の神仙思想のもので、日本でも奈良朝時代には広くいわれていたといいます。集中にも巻第4-627・628などに例が見られます。「い取り」の「い」は、接頭語。「てしかも」はの「てしか」は、~したい。「も」は、感動の助詞。この歌について窪田空穂は次のように解説しています。「変若水は、奈良朝時代に盛行したもので、庶民間にまで延長した思想で、中には、地上に実在する物であるがごとくに思っていた歌もあるくらいである。この作者は、初めから月中の物とし、取り得ない物として、その上に立って情を述べているので、この点は合理的で、実際的である。奈良朝時代の聡明な知識人を思わせる歌である」。

 
3246の「天なるや」の「なる」は、~にある。「や」は、感動の助詞。「月日」は、月と太陽。「日に異に」の「異に」は、一段と、の意で、日に日に。「老ゆらく」は「老ゆ」のク語法で名詞形。「惜しも」の「も」は、詠嘆の助詞。長歌が若返りを願う歌、反歌は老いることを惜しむ歌になっています。

 
3247は老いゆく夫を嘆く妻の歌で、作者は前の歌(3245・3246)と同じとされます。「沼名川」の「沼(ぬ)」は玉の意で、ここは「玉の川」、すなわち空想上の川、天上界の川と見なしています。「底なる玉」は、底にある玉。「惜しき君」は、かけがえもなく貴い君。夫のことを、天上界の川底から得た玉のように得難く、大切な存在だと言っています。また、沼名川は「奴奈川」とも書き、出雲の神オオクニヌシと奴奈川姫(ぬなのかわひめ)との恋の伝説から、新潟県糸魚川市に流れ出る小滝川とする説もあるようです。市中には奴奈川姫の銅像が立っており、小滝川の上流には、ヒスイの原石が多く産出されます。

 この歌について
窪田空穂は次のように述べています。「『沼名川の底なる玉』は、君の譬喩として、想像しうる限りの最も貴い物を想像し、『求めて』『拾ひて』といって、さらにそれを強めたものである。形は甚しい誇張であるが、結果から見ると、そうは感じさせないものがある。これは作者の心の真実のさせていることである」。
 


神仙思想

 古代中国における、東方海上に蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいじゅう)の三島の神仙島があるなど、超自然的な楽園と、そこに神通力をもった仙人の実在を信じる思想で、道教思想の基礎となり、民間の説話や神話にも影響を与えました。不老不死の仙人や、異境に楽園を見出そうとしたり、養生・錬丹・方術といった、いわゆる神仙術により、神人・仙人になろうとしたり、不老不死の薬を探索したり、養生法などが説かれました。

 戦国時代に興った神仙思想は、秦・漢代に流行し、魏晋時代に頂点に達しました。古代日本にも伝わり、日本の思想・信仰・民俗・文化に影響を与えました。飛鳥時代には、漢詩の世界に先駆けて神仙世界が受容され、『懐風藻』には神仙境や仙人を示す語が数多く用いられています。

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奴奈川姫の伝説

 「奴奈川姫(ぬなかわひめ)」は『古事記』や『出雲風土記』などの古代文献に登場する高志国(現在の福井県から新潟県)の姫であると言われています。
 『古事記』では出雲国(今の島根県)の大国主命(おおくにぬしのみこと)が沼河比売(= ぬなかわひめ?)に求婚に来た、とあり、また、『出雲風土記』では天の下造らしし大神(大国主命)が奴奈宜波比売(=ぬなかわひめ?)の命と結婚して御穂須々美(みほすすみ)命を生み、この神が美保に鎮座していると記されています。
あくまでも伝説ですが、それでも奴奈川姫を祭る神社が糸魚川・西頚城地方に多く、また、考古学的資料にも恵まれていること、さらには『万葉集』の記述にある「沼名河の底なる玉…」との関係をみても、奴奈川姫は神秘的であり、姫にまつわる伝説がこの地方に多いのも興味深いものです。 

~「糸魚川観光ガイド」のサイトから引用
 

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。