| 訓読 |
3248
敷島(しきしま)の 大和の国に 人(ひと)多(さは)に 満ちてあれども 藤波(ふぢなみ)の 思ひ纏(まつ)はり 若草の 思ひつきにし 君が目に 恋(こ)ひや明かさむ 長きこの夜(よ)を
3249
敷島(しきしま)の大和の国に人(ひと)二人(ふたり)ありとし思はば何か嘆かむ
3250
蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は 神(かむ)からと 言挙(ことあ)げせぬ国 しかれども 我(わ)れは言挙げす 天地(あめつち)の 神もはなはだ 我(あ)が思ふ 心知らずや 行く影の 月も経(へ)行けば 玉かぎる 日も重なりて 思へかも 胸安からぬ 恋ふれかも 心の痛(いた)き 末(すゑ)つひに 君に逢はずは わが命の 生(い)けらむ極(きは)み 恋ひつつも 我(わ)れは渡らむ まそ鏡 直目(ただめ)に君を 相(あひ)見てばこそ 我(あ)が恋 止(や)まめ
3251
大船(おおぶね)の思ひ頼(たの)める君ゆゑに尽(つ)くす心は惜(を)しけくもなし
3252
ひさかたの都を置きて草枕(くさまくら)旅ゆく君を何時(いつ)とか待たむ
| 意味 |
〈3248〉
この大和の国に、こんなに多くの人があふれているのに、藤のつるがからまるように心がまつわりつき、萌え出した若草に対するように忘れられないあの人に、逢いたい逢いたいと思いつつ明かすのでしょうか、こんなに長い夜を。
〈3249〉
大和の国にあの人がもしも二人いると思うことができるなら、どうしてこんなに嘆くことがありましょうか。
〈3250〉
蜻蛉のめでたき大和の国は、その神の性格として、人は言挙げなどしない国です。しかし、私は申し上げます。天地の神もこれほどに切なく思う私の心をご存知ないのか、むなしく月日が重なるにつれ、胸が苦しいまでに恋い焦がれているせいか、心が痛んでなりません。この先ついにあなたに逢えないとすれば、この命の続く限り、恋い焦がれつつ生き続けていきましょう。でもやはり、直接あなたにお逢いできたら、その時こそ私の苦しみは静まりますのに。
〈3251〉
大きな船に乗るように頼りにしているあなたですから、いくら心を尽くしても少しも惜しいとは思いません。
〈3252〉
こんなに輝かしい奈良の都をあとにして旅に出て行かれるあなたを、いつお帰りになるものと思って待てばよいのでしょうか。
| 鑑賞 |
3248・3249は、恋の苦しさを歌った女の歌。3248の「敷島の」は「大和」の枕詞。「人多に満ちてあれ」の中から一つ(ただ一人の君)をあげるのは、伝統的な「物ぼめ」の型です。「藤波」は、藤の花を波と見立てた表現で、「藤波の」は「思ひ纏はり」にかかる比喩的枕詞。「思ひ纏はり」は、心が纏わりついて離れない。「若草の」は、若草のごとく色が染みつきやすい意で「思ひつきにし」にかかる枕詞。「思ひつきにし」は、思いが寄りついてしまった。「恋ひや明かさむ」の「や」は疑問の係助詞。「む」は推量の助動詞で、結びの連体形。
3249の「人二人」の「人」は、恋する相手。「ありとし思はば」の「し」は強意で、あると思うのなら。「何か嘆かむ」は、何でこのように嘆こうか。なお、この歌は、1900年の服部躬治(はっとりもとはる)『恋愛詩講釈』が誤解に基づいて激賞して以来、広く知られるようになりました。服部の解釈は「人二人は、われとわが匹偶(ひつぐう:配偶者のこと)との二人をいふ」というもので、その30年後の萩原朔太郎も「世界の中にただ二人、君と我とが愛し合っている。人生の憂苦何するものぞ」と記しています。解釈はその後、上掲のように大きく訂正されたにもかかわらず、名歌の地位が変わらないのは不思議です。
3250・3251も、恋の苦しさを歌った女の歌。3250の「蜻蛉島」は「大和」の枕詞。「神からと」は、神の性格として。「言挙げ」は、言葉に出して言い立てること。軽々しい言挙げは災いを招くとされていました。「天地の神」は、天にいる神々と地にいる神々の総称。「はなはだ」は「思ふ」にかかるとする説と、「知らずや」にかかるとする説があります。「行く影の」の「影」は光の意で「月」にかかる枕詞。「玉かぎる」は「日」の枕詞。「胸安からぬ」の原文「胸不安」で、ムネノクルシキと訓む説もあります。「末」は将来。「生けらむ極み」は、生きている限り。「我れは渡らむ」の「渡る」は、ここは長い時を過ごす意。「まそ鏡」は「見る」の枕詞。「直目」は、直接見ること。「我が恋止まめ」は、私の恋は止むだろう。
3251の「大船の」は、大船が頼りになることから「思ひ頼める」にかかる枕詞。「惜しけく」は、形容詞「惜し」のク語法で名詞形。3252の「ひさかたの」は、ここでは「都」の枕詞。普通は「天」や「雨」にかかります。「草枕」は「旅」の枕詞。送別の歌であり、長歌の内容とは異なっています。窪田空穂は、「長歌の嘆きを、夫が旅にあるがゆえのこととして関係づけ、強いて反歌として添えたのであろう」と述べています。

万葉仮名・漢字表記の例
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