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巻第13(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第13-3318~3323

訓読

3318
紀伊(き)の国の 浜に寄るといふ 鮑玉(あはびたま) 拾(ひり)はむと言ひて 妹(いも)の山 背(せ)の山越えて 行きし君 いつ来まさむと 玉桙(たまほこ)の 道に出(い)で立ち 夕占(ゆふうら)を 我(わ)が問ひしかば 夕占の 我(わ)れに告(つ)ぐらく 我妹子(わぎもこ)や 汝(な)が待つ君は 沖つ波 来寄(きよ)る白玉(しらたま) 辺(へ)つ波の 寄する白玉 求むとそ 君が来まさぬ 拾(ひり)ふとそ 君は来まさぬ 久(ひさ)ならば いま七日(なぬか)だみ 早からば いま二日(ふつか)だみ あらむとそ 君は聞こしし な恋ひそ我妹(わぎも)
3319
杖(つゑ)突きも突かずも我(わ)れは行かめども君が来(き)まさむ道の知らなく
3320
直(ただ)に行かずこゆ巨勢道(こせぢ)から石瀬(いはせ)踏み求めぞ我(わ)が来(こ)し恋ひてすべなみ
3321
さ夜(よ)更(ふ)けて今は明けぬと戸を開けて紀伊(き)へ行く君をいつとか待たむ
3322
門(かど)に居(ゐ)し郎子(いらつこ)宇智(うち)に至るともいたくし恋ひば今帰り来(こ)む

3323
しなたつ 筑摩(つくま)左野方(さのかた) 息長(おきなが)の 遠智(をち)の小菅(こすげ) 編(あ)まなくに い刈り持ち来(き) 敷かなくに い刈り持ち来て 置きて 我(わ)れを偲(しの)はす 息長(おきなが)の 遠智(をち)の小菅

意味

〈3318〉
 紀伊の国の浜に寄せられるという真珠の玉を拾おうといって、妹の山、背の山越えて行かれたあの人は、いつ帰って来られるかと、道に出て立って夕占いに問うてみたら、夕占いが私に告げるには、「愛しい人よ、そなたが待っている夫君は、沖の波が寄せてくる真珠、岸の波が寄せてくる真珠を手に入れようと、まだ帰って来られない。それを拾おうと、まだ帰って来られない。長くてもあと七日、早ければあと二日かかるとおっしゃっていた。そんなに恋しがらないでくれ、愛しい人よ」と。
〈3319〉
 杖を突いてても突かなくとも、私はお迎えに行きたいのだけれど、あなたの帰り道が分からない。
〈3320〉
 まっすぐには行かず、巨勢道を通って岩床の川瀬を踏み、あなたを探し求めて私はやって来ました。恋しくてどうしようもないので。
〈3321〉
 夜が更け、今日は明けたぞと戸を開き、紀伊の国へ旅立っていったあの人のお帰りを、いつと思ってお待ちしたらよいのでしょうか。
〈3322〉
 門を背に旅立っていった私の夫は、宇智まで行っていようとも、家が恋しければすぐに帰ってくるだろう。

〈3323〉
 筑摩の左野方の人は、息長の遠越の小菅を、編みもしないのに刈り取ってきたり、敷きもしないのに刈り取って持って来たりして、そのまま捨て置いて気をもませるなんて、息長の遠智のこの小菅に。

鑑賞

 3318~3322は、官人として紀伊国へ出張した夫の帰りを待ちわびる妻の歌とされます。3318の「鮑玉」は、鮑の貝の中にある真珠。今では専らアコヤガイ真珠が用いられていますが、当時は鮑真珠が尊重され、白珠、真珠などと称しました。「拾はむ」の「拾ふ」は、上代はヒリフが原則。「妹の山背の山」は、和歌山県かつらぎ町の紀の川を挟んで向き合う山。実際に越えるのは「背の山」の方で、畿内の南限とされました。「玉桙の」は「道」の枕詞。「夕占」は、夕方の道端に立って、往来する人の言葉を聞いて吉凶を占うもの。「告ぐらく」は「告ぐ」のク語法で名詞形。原文「告良久」で、ノラクと訓むものもあります。「我妹子や」以下は夕占の発した言葉。「沖つ波」は、沖の波。「聞こしし」の「聞こし」は「言ふ」の尊敬語「聞こす」の連用形、下の「し」は過去の助動詞「き」の連体形。「な恋ひそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。夕占への問いと、それに対する答えとだけを連ねて1首としている、珍しい形の歌となっています。

 3319の「杖突きも突かずも」は、杖を突いて行くような遠い所へでも、突かなくても行ける所へでもで、どんな所へでもの意。「知らなく」は「知らず」のク語法で名詞形。3320の「直に行かずこゆ」は、直接には来ずにここを通っての意で「来せ」と続け、それを「巨勢」に転じた7音の序詞。「巨勢道」は、大和と紀伊を結ぶ街道で、奈良県御所市の巨勢の地を通る道。「求めぞ我が来し」は、あなたを探し求めて私はやって来た。「恋ひてすべなみ」は、恋しくてどうしようもないので。

 3321の「さ夜更けて今は明けぬと」は、夜更けなのに夜が明けたといって早く旅立つ意。「いつとか待たむ」は、いつ帰ると待てばよいのか。3322の「門に居し」の原文「門座」で、カドニマス、カドニイルなどと訓むものもあります。「郎子」は、男子を親しんで呼ぶ語。「宇智」は、現在の奈良県五條市。「いたくし」は、激しく、甚だしく。

 3323は、結婚する気もないのに関わってくる男を恨む女の歌とされます。「しなたつ」は、語義未詳ながら「筑摩」にかかる枕詞。「筑摩」は、滋賀県米原市の琵琶湖岸付近。「左野方」は、蔓性の植物として解釈しているものもありますが、ここでは筑摩の小地名としています。「息長」は、筑摩の北隣。「遠智」は、息長の中にある地名か。「小菅」は、小さい菅で、女の比喩。「編む」「敷く」は、結婚の比喩。「い刈り持ち来て」は、女を連れて来ての譬喩。「置きて」は、放置して顧みないで。「我れを偲はす」は、私に思い慕わせる。
 


とこ(床・常)

 トコは、不動・不変であることを意味する語。永遠いに堅固で聖なる存在に対する讃美の意を含み持つ。『万葉集』には「床」「常」が見える。「床」は、堅固な土台が原義で、「所」と同根の語とされる。[基礎語]は「高く盛り上がって平らな場所、安定した不変の基盤をいう」と説明する。「岩床」が、この原義をよく示している。ただし、『万葉集』では寝床のことを指すトコの例が圧倒的に多い。

 寝床のトコは、屋内の床に筵(むしろ)などの敷物を敷いて一段高く仕切ったものであったらしい。敷物で仕切るのは、聖なる特殊空間を作り出す結界の意味があった。「崇神記」には、天皇が神託を得るために「神牀(かむどこ)」に休むという記事がある。この「神牀」は、天皇が夢で神託を得るために潔斎して寝るトコをいう。ここから、トコが神と交わるための神秘的な聖なる空間であったことが窺える。『万葉集』にも、トコと潔斎との関係を示す例がある(巻第17-3927)。

 男女の共寝は、神が巫女のもとに来臨する神婚幻想と重ねて捉えられた。よって、共寝はトコの上で行われた。共寝のトコは、「夜床」「小床」「玉床」などとも呼ばれた。「小床」の「ヲ」は、親愛を表す接頭辞。また、「玉床」のタマは美称だが「魂」の意も重ねられており、ここには、相手の魂が共寝のトコに残るとする俗信がある。

 「常」は「床」と同根の語で、永遠や不変を意味するようになった。接頭語としてさまざまな語に付き、永久不変の様を祝福讃美する意の複合語を形成する。「常処女」「常滑」「常闇」など。特に強い讃美性を有する語に、「常磐(ときは)」「常葉(とこは)」「常世(とこよ)」がある。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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