| 訓読 |
こもくりの 泊瀬(はつせ)の川の 上(かみ)つ瀬に 鵜(う)を八(や)つ潜(かづ)け 下(しも)つ瀬に 鵜を八つ潜け 上つ瀬の 年魚(あゆ)を食(く)はしめ 下つ瀬の 鮎(あゆ)を食はしめ くはし妹(いも)に 鮎を惜(を)しみ くはし妹に 鮎を惜しみ 投(な)ぐるさの 遠(とほ)ざかり居(ゐ)て 思ふ空 安けなくに 嘆く空 安けなくに 衣(きぬ)こそば それ破(や)れぬれば 継(つ)ぎつつも またも合(あ)ふといへ 玉こそば 緒(を)の絶えぬれば くくりつつ またも合ふといへ またも逢はぬものは 妻にしありけり
| 意味 |
泊瀬の川の上流に鵜を多く潜らせ、下流に鵜を多く潜らせ、上流の鮎を食わせ、下流の鮎を食わせておきながら、麗しい妻に、鮎が惜しいからと食わせず、美しかった妻に、鮎が惜しいからと食わせなかった挙句、その妻が、川に投げた矢のごとく遠ざかってしまった。その妻を思いやれば、とても心安かではいられず、嘆く心は苦しくてならない。衣ならば破れても継ぎ合わせてまた合わせられる、玉の紐なら切れてもくくり直せばまた合わせられるというのに、また逢うことのできないもの、それは、事もあろうに亡くなった妻であったよ。
| 鑑賞 |
亡くなった妻への挽歌。「こもりくの」は「泊瀬」の枕詞。「泊瀬の川」は、桜井市初瀬の北方の山中に発し、三輪山をめぐって大和川に合流する川。「八つ」は、多くの意。「鮎を食はしめ」は、鮎をいったん飲み込ませること。初句からここまでの10句は「くはし妹」を導く同音反復式序詞。「くはし妹」の「くはし」は、細部まで精妙で完全・完璧なさま。原文は「麗妹」となっており、『万葉集』では他に「妙」「細」の字が当てられます。「鮎を惜しみ」は、上掲の解釈のほか、鮎を逃がすのが惜しいとする説、「鮎」を「名」に当てたもので、名を惜しみの意とする説(詳細下述)などがあります。「投ぐるさの」の「さ」は矢の古語かといい、「遠ざかり」にかかる譬喩式枕詞。「遠ざかり居て」は、妻が亡くなったことの意。「思ふ空」は、思う心。「安けなくに」は、心安らかでいられず。「またも合ふといへ」の「いへ」は「こそ」の係り結びで已然形。「妻にし」の「し」は、強意の副助詞。
なお「鮎を惜しみ」を、名を惜しみの意とする窪田空穂は、次のように説明しています。――上の「年魚」は序詞の中のもので、それとしての用を果たしているものであるから、ここへ再び関係させることは不自然で、その点から見ても「鮎」は「あゆ」ではなかろうと思われる。一首の作意から迎えて見ると、ここは「名を惜しみ」で、「名」に「魚」(な)を当て、上の序詞の関係で、「魚」を「鮎」にしたのではないかと思われる。「魚」を「な」に当てた用例は集中9例を数えられるので、慣用されていた字であり、その代わりとして「鮎」を用いたことも、この場合ありうべからざる当て字だとは思われない。この歌はすぐれた作であり、また「鮎」は諸本異同のないものであるから、一首にとって中心となるこの字が不可解なものである理由はないとして、「名」に当てた字だと解する。―― それによる歌の解釈は、男が「くはし妹」を得たものの、自分の名を惜しむ気持から、遠ざかっていて逢わずにいるうちに、「くはし妹」は再び逢い難い状態になってしまったと嘆き、死を暗示的に言っているものとしており、作者はある程度の身分あり知識ある京の人であったろうと述べています。
古代の漁法は、梁(やな)や網代(あじろ)を使っていたことが窺えますが、この歌からは、鵜飼によって鮎を捕っていたことが分かります。また、記紀や『肥前国風土記』には、神功皇后が松浦の玉島の川で、着ていた喪の糸を抜いて釣り糸にし、飯粒を餌にして鮎を釣ったという話が載っています。ちなみに友釣りは江戸時代中期に始まったとされます。

相聞と挽歌の表現の類似性
この歌については、挽歌と認めない説、本来は恋歌であったとする説もあり、挽歌と認める説にあっても、死を示す句が何かについて必ずしも一致していません。「遠ざかり居て」がそうであるとする説が多数ですが、これを生前のことと見る説もあり、「嘆く空安けなくに」の後にその趣旨の句が脱落していると考える説や、「衣こそば」の譬えで死を知らせたとする説もあります。このような混乱を招く要因として、挽歌では「死」の語を避けて他の語によって婉曲に表すという「敬避表現」が用いられること、挽歌の成立、発達の遅いこと、挽歌の制作、享受における意識の問題などが掲げられます。そうしたこともあって、相聞と挽歌の表現には共通し、類似するものが多いとされます。
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『万葉集』の史料的価値
『万葉集』は、単なる最古の歌集という文学的枠組みを超え、古代日本を知るための第一級の歴史史料として極めて高い価値を持っています。その内容は、大きく以下の3つの視点から整理できます。
このように、『万葉集』は文学作品でありながら、言語学、民俗学、政治学、社会学といった多角的な学問領域において、日本の原像を解明するための不可欠な「証言者」といえます。
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