| 訓読 |
3331
こもくりの 泊瀬(はつせ)の山 青旗(あをはた)の 忍坂(おさか)の山は 走出(はしりで)の 宜(よろ)しき山の 出立(いでたち)の くはしき山ぞ あたらしき山の 荒れまく惜(を)しも
3332
高山(たかやま)と 海とこそば 山ながら かくも現(うつ)しく 海ながら しか真(まこと)ならめ 人は花物(はなもの)そ うつせみ世人(よひと)
| 意味 |
〈3331〉
泊瀬の山、忍坂の山は、裾の伸びた好ましい山。高くそびえる麗しい山。そんなすばらしい山が荒れてゆくのが残念だ。
〈3332〉
高い山と海こそは、山であるがゆえに確かに存在し、海であるがゆえにはっきりと存在しているのだろう。しかし、人は花のようにはかなく散る、いっときの世の人。
| 鑑賞 |
挽歌2首。3331の「こもりくの」は「泊瀬」の枕詞。「泊瀬の山」は、桜井市初瀬周辺の山。「青旗の」は、青旗のように山が青々と繁っているさまで、「忍坂」にかかる枕詞。「忍坂の山」は、桜井市忍坂にある山、亡妻が籠る山。舒明天皇陵、鏡王女墓などがある山でもあります。「走出の」は、横に突き出た。「出立の」は、高く突き出た。「くはしき」は、霊妙な、麗しい。「あたらしき」は、切に愛しい、惜しむべき。「荒れまく」は「荒れむ」のク語法で名詞形で、花や青葉をつけることも少なくなってしまうこと。その人が見てくれなくなったので、山が勢いを失いしょんぼりする意。
3332の「山ながら」は、山であるがゆえに、山の性格として。「かくも現しく」は、このように確かに存在し。「しか真ならめ」は、そのように真実なのだろう、いかにも海らしくある意。「うつせみの」は「世」の枕詞。「うつせみ」だけでこの世の人を示しますが、「世人」を重ねてその意味を強めています。「うつせみ世人」の原文「空蝉与人」で、ウツセミトヒトト、ウツセミヨヒトハなどと訓むものもあります。特定の個人の死を悼んだものではなく、人の世の無常を、確かな現実として存在し続ける山や海と対比しており、仏典の影響を強く受けている歌です。同じく無常の対象としてしている「花」は桜でしょうか。

くはし(麗し・妙し・細し)
細部まで精妙で、完全・完璧である意。精細な美を持つ優れたものに対する最高の讃め詞である。『万葉集』では、「細」「麗」「妙」の字があてられる。[基礎語]は語源を朝鮮語のkop(美)であるとし、楽浪郡時代の工芸品の精緻な美を、古代日本で美の極致として享受したところから生じた語と推定する。クハシは風光明媚な土地への讃美表現となる他、樹木、花など自然の景物の精細な美しさを讃美して用いられることが多い。
また、クハシは、女性の霊妙な美しさに対する讃辞ともなった。「神代記」の八千矛神(やちほこのかみ)の歌謡に「麗(くは)し女(め)」という言葉が見え(原文は「久波志売」)、『万葉集』にも妻を讃美した「くはし妹」という言葉が見える。上代には女性を樹木や花に重ねる表現が見えるため、クハシが用いられたのだろう。
この他に、クハシは様々な複合語の形で用いられた。『万葉集』には、「名くはし」「かぐはし」「うらぐはし」「まぐはし」などの語が見える。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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挽歌について
死は人間が避けることのできない事象の一つであり、古来、身近な人の死や敬愛する人の死、そして、やがて訪れる自らの死を、どのように捉え克服していくのかが、文学に託された一つの課題であったといえます。平安時代から現代に至るまでの、日本人の死葬儀礼や死生観に深く結びついてきたのは主に仏教ですが、仏教が伝わる以前の上代には、わが国独自の古い死生観に基づく儀礼がとり行われ、それらを反映する神話や歴史叙述、歌謡や和歌が記されました。
『万葉集』にも、人の死に関わる歌が多く収載されています。『万葉集』は、雑歌・相聞・挽歌という三大部立を基本構造として持ち、人の死に関わる歌は主に「挽歌」の部に収められています。つまり『万葉集』における「挽歌」は、天皇や宮廷に関わる公的儀礼歌である「雑歌」や、恋の歌である「相聞」と並ぶ重要な位置を占めていたのです。ここから、当時の人々が死や死葬文化をいかに重要視していたかが分かります。ただ、平安期以降の勅撰和歌集では、人の死に関わる歌は哀傷(または哀傷歌)の部に収められ、挽歌という部立名は使われなくなりました。従って、挽歌は多くの和歌集のうち『万葉集』だけにしか見えない呼称となっています。
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |