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巻第14(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第14-3355~3357

訓読

3355
天(あま)の原(はら)富士の柴山(しばやま)木(こ)の暗(くれ)の時(とき)ゆつりなば逢はずかもあらむ
3356
富士の嶺(ね)のいや遠長(とほなが)き山道(やまぢ)をも妹許(いもがり)とへば気(け)によばず来(き)ぬ
3357
霞(かすみ)ゐる富士の山びに我(わ)が来(き)なばいづち向きてか妹(いも)が嘆(なげ)かむ

意味

〈3355〉
 空に向かって聳え立つ富士の柴山(雑木林)に日暮れ時がやってきた。この約束の時を逃したら、もう彼女に二度と逢えなくなるのではなかろうか。
〈3356〉
 富士の嶺へと続く、はるばる遠く長い山道も、愛しいお前さんの許へと思えば、少しも苦しいとは思わずに来られるよ。
〈3357〉
 霞のかかる富士の山裾に私が入ってしまったら、妻はどちらの方に向かって嘆き悲しむことだろうか。

鑑賞

 駿河の国(静岡県中央部)の歌。「駿河」の名の由来は、流れが速く鋭い富士川にちなんだという説があります。3355の「天の原」は、富士山の所在の形容で、「富士」の枕詞。「柴山」は、富士山麓の樹林地帯のこと。そこは、木陰がいつも薄暗いため、その意を表す「木の暗」と続き、以上その序詞。「木の暗」には、夕闇や夜の訪れの予兆の意も含まれます。「時ゆつりなば」は、時が移ってしまうと。「逢はずかもあらむ」は、もう逢うことができなくなるのではなかろうか。文芸評論家の山本憲吉はこの歌について、「嘱目のものを手当たり次第に取り入れていって、のんびりと歌の主題に行き当たった感じである。それが急転して、下二句のすっきりした抒情になっている。上下渾然と融け合わないで、不器用につながって、かえって断載面の面白さを見せている」と言っています。

 
3356の「富士の嶺」は、富士山の山頂、あるいは富士山そのもので、山麓の丘陵をも含めて言ったもの。「いや遠長き」は、ますます遠く、果てしなく長い。「妹許」は、妹の元へ。「許(がり)」は、〜の元へ、という方向・場所を示す接尾語です。「とへば」は「と言へば」の約。「気によばず」は、苦労とも思わず、物の数ともせず、一気に。「気(け)」は、時間の経過や労力を指し、それを数え上げない(=苦にしない)という意味。「来ぬ」は、やって来た。完了の助動詞「ぬ」が使われており、到着した喜びと達成感が強調されています。まさに「惚れて通えば千里も一里」を言い表した歌です。

 
3357の「霞ゐる」は、霞が立ち込めている。「ゐる」は、霞や雲がそこにとどまっている状態を指します。「富士の山びに」は、富士山の周りに、山裾に。「我が来なば」は、私が行ったならば。「来なば」は、今だと「行かば」に当たる語ですが、上代の言い方で、目的地に中心を置いて、そちらへ行くのを来るといったものです。「いづち向きてか」の「か」は疑問で、どちらの方角に向かってか。「妹が嘆かむ」の「む」は推量の助動詞「む」の連体形で、上の「か」の係り結び。富士の裾を通って遠くへ旅をしようとする男が、その妻と別れる際に、妻を隣れんで詠んだ歌ですが、「旅に出る人の吟詠ではなく、むしろ後朝の述懐と見るべきである」との見方もあります。

 なお、東歌に詠まれる富士山について、文学者の
犬養孝は次のように述べています。「赤人の富士の歌は天下にきこえているし、富士は誰が見ても崇高・雄大・清浄のすばらしい山と思われがちだが、それはあくまで旅の人の心情か、遠く離れて生活する人の、ながめられた心情であって、富士とともに生活する人にとっては、すばらしいと思うより前に、朝夕に親しい山、何よりも生活の場となる貴重な山である。富士の山麓に生活する人にとっては、山の秀麗な姿よりも、山麓の樹林帯やラバ(溶岩)の崩れの裾野や噴火や雪の降り方こそ関心の中心であって、赤人のように崇高美をたたえたり、富士を美の対象とした歌は一首もない」。まさに土着の人々の営みを見つめる山、土地に息づく人々の思いとともにある山であったことが分かります。
 


巻第14の編纂者

 巻第14の編纂者が誰かについては諸説あり、佐佐木信綱は、藤原宇合(不比等の第3子)が常陸守だった時に属官として仕え、東国で多くの歌を詠んだ高橋虫麻呂だとしています。ただ、東歌の編纂は、虫麻呂一人の仕事ではなく、のちにそれに手を加えた人のあることが推量され、その人を大伴家持とする説もあります。一方、この巻に常陸の作の多いことも認められるが、上野の国の歌はさらに多く、その他多くの国々の作を、常陸に在任したというだけで虫麻呂の編纂と断ずることはできないとの反論もあり、その上野国に関連して、和銅元年(708年)に上野国守となった田口益人(たぐちのますひと:『万葉集』に短歌2首)と見る説もあります。さらには、これら個人の仕事ではなく、東国から朝廷に献じた「歌舞の詞章」だという説もあります。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。