| 訓読 |
3358
さ寝(ぬ)らくは玉の緒(を)ばかり恋ふらくは富士の高嶺(たかね)の鳴沢(なるさは)のごと
[或る本の歌に曰く] ま愛(かな)しみ寝らく重(し)けらくさ鳴らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ
[一本の歌に曰く] 逢へらくは玉の緒(を)及(し)けや恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢なすも
3359
駿河(するが)の海おし辺(へ)に生(お)ふる浜つづら汝(いまし)を頼み母に違(たが)ひぬ [一云 親に違ひぬ]
3360
伊豆(いづ)の海に立つ白波(しらなみ)のありつつも継(つ)ぎなむものを乱れしめめや
[或本の歌には「白雲の絶えつつも継がむと思へや乱れそめけむ」といふ]
| 意味 |
〈3358〉
共寝をするのは玉の緒ほどに短く、逢えずに恋しく思う心は、富士の高嶺の鳴沢のように深く激しい。
[愛しく思って共寝をすれば、たび重なる噂は伊豆の高嶺の鳴沢のように激しくうるさいことだ。]
[逢っているのは玉の緒も及ばないほど短いが、恋い焦がれる思いは富士の高嶺に降る雪のように多いことだ。]
〈3359〉
駿河の海の磯辺に生えて延び続ける浜のつる草のように、末長くあなたを頼りにしようと、母さんに逆らったのです。[親に逆らったのです。]
〈3360〉
伊豆の海に立つ白波のように、二人の仲はこのまま続けていこうと思っているのに、私があなたの心を乱れさせることがありましょうか。[伊豆の海に湧き立つ白雲のように、途絶えがちであっても二人の仲を続けようという気持ちから、私の心が乱れ始めたのでしょうか、そんなはずはない。]
| 鑑賞 |
3358・3359は、駿河の国(静岡県中央部)の歌。3358の「さ寝らく」は、共寝をすること。「さ」は接頭語で、「寝らく」は「寝る」のク語法で名詞形。「玉の緒ばかり」は、ほんのわずかな間。「玉の緒」は数珠などの糸のことで、ここでは「短さ」の比喩として使われています。「恋ふらくは」は「恋ふ」のク語法で名詞形。「鳴沢のごと」は、鳴沢のように。「鳴沢」は、噴火口または大沢など岩石が音を立てて崩れ落ちる沢。逢瀬の時間が短く感じられるのは、心理的な要因もあったでしょうが、短い間しか女性と一緒にいられないのは、女性の親の監視が厳しかったのでしょう。
3359の「駿河の海」は、現在の駿河湾に臨む海。「おし辺」は「磯辺(いそへ)」の東語。「浜つづら」は、浜に生えるつる草、または海岸の砂地に多く生える落葉灌木。上3句は「汝を頼み」を導く序詞。「汝(いまし)」は人称代名詞で、「な・なれ」とは異なり、多少の敬意が込められています。母親に逆らってでも「汝を頼み(あなたを頼りにして)」とする娘の恋心は、切なくも一途ですが、相手の男は、弱気になって遠慮しがちになっているのでしょうか。娘は男に確認しながらも、どこか不安に思っているようなニュアンスもある歌です。
3360は、伊豆の国の歌。「伊豆」は、静岡県東部と伊豆諸島を含む旧国名。上2句は「ありつつも継ぐ」を導く序詞。「ありつつも」は、この世に長らえ続けつつも。「継ぎなむものを」は、続けていこうと思っているのに。「乱れしめめや」の「乱れ」は、夫婦関係の乱れ、「しめ」は「そめ」の東語、「や」は反語で、この関係を乱れ始めさせようか、させはしない。なお、律令法において、伊豆国は遠流の対象地とされていましたが、これは伊豆諸島が隠岐・佐渡と並ぶ辺境の島であると考えられ、伊豆半島はその入り口とされたことが背景にあると言われています。

『万葉集』に多く詠まれた山
筑波山(常陸国) 22首
春日山(大和国) 18首
三笠山(大和国) 16首
奈良山(大和国) 14首
妹背山(紀伊国) 14首
竜田山(大和・河内国境) 13首
香具山(大和国) 11首
富士山(駿河・甲斐国境) 11首
泊瀬の山(大和国) 10首
二上山(大和・河内国境) 10首
神奈備山(大和国) 9首
真土山(大和・紀伊国境) 7首
逢坂山(山城・近江国境) 7首
佐保の山(大和国) 6首
吉野山(大和国) 6首
三船の山(大和国) 6首
高円山(大和国) 5首
三輪山(大和国) 5首
生駒山(大和・河内国境) 5首
立山(越中国) 5首
布留山(大和国) 4首
鹿背山(山城国) 4首
大野山(筑前国) 4首
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |