| 訓読 |
3364
足柄(あしがら)の箱根の山に粟(あは)蒔(ま)きて実(み)とはなれるを逢はなくも怪(あや)し
3365
鎌倉の見越(みごし)の崎の岩(いは)崩(く)えの君が悔(く)ゆべき心は持たじ
| 意味 |
〈3364〉
足柄の箱根の山の畑に粟を蒔いて、無事に実がなったというのに、粟(あわ)がない、逢わないなんておかしい。
〈3365〉
鎌倉の水越の崎は岩が崩れているけれど、あなたが悔いて仲を崩してしまうような心は、決して持ちません。
| 鑑賞 |
相模の国(神奈川県)の歌。3364の「足柄の箱根の山」は、神奈川県箱根町の山。箱根は、『万葉集』ではすべて「足柄の箱根」と詠われており、地名の由来は、「足柄」が足柄山の杉材で造った船の足が軽くて速いことから足軽、それが足柄に転化した、また「箱根」の「根」は嶺や山を意味し、山の形が箱型であるためなどといわれています。「実とはなれるを」は、実となったのに、すなわち、男女が結ばれたことを意味しており、「逢わなく」は「粟無く」との掛詞になっています。「怪し」は、不思議だ。つまり、「2人の仲はしっかり結ばれたのに、逢わないなんておかしいじゃないの!」と、男を責めている女の歌です(男の歌とする説もあります)。
一方、譬喩ではなく実際に粟を蒔いたと解する説もあります。国文学者の佐佐木幸綱は、「恋人は、防人などに徴発されて不在なのかもしれぬ。あるいは、片思いの、あこがれの君が相手なのかもしれない。ただ一人で、原生林に通ってゆき、粟の成長を確かめる娘(がふさわしいだろう。男ではなく)。鳥獣に荒らされることもなく、日光不足も耐えぬいて、ついに粟は実った。逢はなく(粟無く)はおかしいじゃないか、と解するのだ。こうとった方がずっといい歌になる」と言っています。
粟は日本人に馴染み深い古い食べ物です。粟は、『古事記』では大宜津比売神(おおげつひめのかみ)の耳に、『日本書紀』では保食神(うけもちのかみ)の額に生じ、同時に生じた稲・稗(ひえ)・麦・豆とともに五穀といわれ、神産巣日神(かむむすひのかみ)・天照大神(あまてらすおおかみ)に見出されて、人間が食べて生きる食料とされました(五穀の起源神話)。今でこそ殆ど栽培されない粟ですが、かつては重要な食用作物であり、「粟の三日生え」と言われるように、早く実ることから大事にされました。
また、箱根が交通路として開かれるのは平安時代に入ってからであり、古くは碓氷道(御殿場-乙女峠-仙石原-碓氷峠-明神峠-関本)、足柄道(御殿場-竹の下-足柄峠-関本)が利用されていました。しかし、延暦21年(802年)の富士山大噴火によって足柄道がふさがれたため、湯坂道とよばれる最初の箱根路(三島-箱根町-鷹巣山-浅間山-湯坂山-湯本-小田原)が開かれました。「東歌」がうたわれた時代の箱根の山々は、まだしかるべき道もなく、全くの原生林に覆われていたと考えられています。箱根の歌が2首しかないのは、近くに住む人々以外に馴染みのない山だったからでしょう。
3365の「見越の崎」は、鎌倉の海岸にある突き出した岬の名称。現在の稲村ヶ崎あるいは由比ヶ浜周辺の突出部とする説がありますが、未詳。「岩崩え」は、岩石が露出して崩れているように見える所、あるいは崩れそうな場所。上3句が「悔ゆ」を導く序詞で、「岩崩え」の「くえ」が類音の「くゆ」を導き出しています。「君が悔ゆべき」は、あなたが後悔するような。「心は持たじ」は、そんな心は私は持ちません。「じ」は打消推量の助動詞で、強い拒絶や意志を表します。なお、巻第3-437に「妹もわれも清(きよみ)の河の河岸の妹が悔ゆべき心は持たじ」という、下句がほとんど同じ歌が別にあります。
鎌倉が出てくる歌は、この歌を含め、「東歌」中に3首あります。鎌倉というと、すぐに源氏を思い出し、鶴岡八幡宮や建長寺、円覚寺など中世に栄えた寺社を中心に心に浮かびますが、縄文~弥生時代にかけての遺跡も出土しており、早くから開けた土地であったようです。この時代も相模国の要衝であり、切り立った崖と海が接する険しい地形が特徴でした。

東海道と東山道の旧国名比較
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