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巻第14(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第14-3366・3367

訓読

3366
ま愛(かな)しみさ寝(ね)に我(わ)は行く鎌倉の美奈(みな)の瀬川(せがは)に潮(しほ)満つなむか
3367
百(もも)つ島 足柄小舟(あしがらをぶね)歩(ある)き多(おほ)み目こそ離(か)るらめ心は思(も)へど

意味

〈3366〉
 あの子が愛しくてならないので共寝しに行こうと思うが、鎌倉のあの水無瀬川は、今ごろ潮が満ちていることだろうか。
〈3367〉
 多くの島々をめぐる足柄小舟のように、あの方は立ち寄る女が多いので、私の所には、思っていても来て下さらない。

鑑賞

 相模の国(神奈川県)の歌。3366の「ま愛しみ」の「ま」は接頭語、「愛しみ」は「愛し」のミ語法で、可愛さゆえに、愛おしくてたまらないので。「さ寝に我は行く」の「さ寝」は、共寝の慣用語。「美奈の瀬川」は、鎌倉市の由比ヶ浜に注ぐ稲瀬川。「潮満つなむか」は、潮が満ちるであろうか。「なむ」は、「らむ」の東語。「か」は、疑問。満潮時にもかかわらずなお訪れたいという突然の慕情(ないしは欲情)を歌ったもので、「相手が愛おしくてたまらないから、私は行くのだ」という、理屈を超えた直情的な衝動が提示されます。この主観的な熱量が歌全体を牽引しています。

 
3367の「百つ島」は、百と多くある島。「足柄小舟」の「小」は接頭語で、足柄山の杉材などで造られた舟。上2句は「歩き多み」を導く譬喩式序詞。「歩き多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、行く先が多いので、つまり女の多いので意。「目こそ離るらめ」の「目離る」は、疎遠になる意。「らめ」は、現在推量の助動詞「らむ」の已然形で、上の「こそ」の係り結び。「心は思へど」の「心」は、作者である女自身の心とも取れますが、ここは相手の男の心とされます。「らめ」の結びの後に「心は思へど」と倒置的に続くことで、現に逢えない状態にあるのは事実だけれど、心だけは別だ、という強い対比を生んでいます。

 なお、『万葉集』には、共寝を意味する「寝」という表現は多く見られますが、東歌とそれ以外の巻との間には違いがあります。中央文化圏の歌では、二人で寝るとはいうものの、その姿態までを想像させるということはありませんが、「東歌」では、3366や後出の3404の歌のように、男女の性行為を直接に意味する「寝」の語が多く用いられている点が指摘されています(230首中28首)。それら風雅を気取らないストレートな表現は、むしろ自分の感情に正直な東国人の精神がなせるわざであり、明るく堂々と歌うからこそ、そこには卑猥さも陰湿さも感じられないものとなっています。
 


共寝の姿

 (『万葉集』の歌からは)共寝の具体的な行為については少しも分からない。それは当然といえるかもしれないが、エロティックな雰囲気の歌もほとんどないし、乳房をうたったものさえない。これはむしろ異常といえるほどだ。中世初期の歌謡集『梁塵秘抄』には、男の性器そのものをうたった謡も、共寝のエロティックな雰囲気を出した謡もある。民間に伝えられる祭りや民謡には性の活力をもったものが多い。それがみられないということは、何よりも庶民の素朴な生活感情に根差した歌が収められた歌集として『万葉集』をみる見方の誤りであることを示している。そして次に、歌はきわめて儀式的なもので、性器や性行為の具体性はうたってはならないものであったことを示している。それは歌が〈共同性〉に深くかかわるものであったからだろう。恋でいえば、共寝に到る手続きだけをうたうものであり、その手続きと歌との結びつきが濃かったのである。

 これは平安期の物語や日記類とも通底している。恋愛を主題にしているといってもよいぐらいに恋のことばかり描きながら、具体的な描写はほとんどない。恋愛が個別性としてではなく、儀式として描かれているからだ。仏教説話集である『日本霊異記』にはそれらの話が描かれている。吉祥天女の像に恋し、その願いが夢でかなえられて、翌朝みると、像の裾が精液で汚れていた話(中巻13話)、母が愛欲でもって子のものを口に含む話(中巻41話)、野中の堂に女たちが集まって写経しているとき、情欲が起こった経師がある女の裾をあげて後から交合してしまう話(下巻18話)など、きわめてエロティックではないか。『日本霊異記』は説教の台本といわれるが、もしそうだとすると、仏教の布教にこのようなエロティックな話が語られていたことになる。性の話は世界的に普遍的で、人びとに受け容れられやすいものだからだ。

 すると歌はそれらの具体性を排除して成り立っているといわざるをえない。繰り返しになるが、歌は恋の儀式、つまり〈共同性〉としての恋に深くかかわるものだったからとしか、その理由を考えられない。恋のこういう場合ではこういう歌を詠むという儀式があったのである。

~『古代の恋愛生活』/古橋信孝著(NHKブックス)から引用

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