| 訓読 |
3372
相模道(さがむぢ)の余呂伎(よろぎ)の浜の真砂(まなご)なす児(こ)らは愛(かな)しく思はるるかも
3373
多摩川に晒(さら)す手作(てづく)りさらさらに何(なに)そこの児(こ)のここだ愛(かな)しき
| 意味 |
〈3372〉
相模の余呂伎の浜の美しい真砂のように、あの子が愛しく思われてならない。
〈3373〉
多摩川の水にさらさらとさらして仕上げる手織りの布のように、さらにさらにどうしてこの娘(こ)をこんなに愛しく思うのか。
| 鑑賞 |
3372は相模の国(神奈川県の大部分)の歌。「相模道」は、相模国の意または相模国を通っている道。「さがみ」が東国方言的に「さがむ」と音変化しています。「余呂伎の浜」は、神奈川県の大礒町・二宮町あたりの相模湾沿いの海浜。「真砂」は、砂の美称。「真砂なす児」は、上掲の解釈のほか、「まなご」を「真砂(まなご)」と「愛子(まなご)」の掛詞と見る、あるいは、「まなご」は、細かい砂ではなく「小石(さざれ石)」を意味する方言と見て、色とりどりの小石のように美しい彼女と見る、また、「児ら」の「ら」は、接尾語でなく複数として、砂のようにたくさんの女性たちと解するものなどがあります。「愛しく思はるるかも」は、いとおしく思われてならないなあ。
「サガムヂ」「ヨロギ」という、濁音を含んだ力強くも軽快なリズムが、相模の海の開放的なイメージを形作っています。特に「余呂伎(よろぎ)」という名は、波に洗われる浜辺の躍動感を感じさせます。なお、愛しい女性に喩えるなら、それは美しいもの、可憐なものでなければならず、それにふさわしいものとすれば、やはり細かい砂よりも色とりどりの小石の方が優っているように思えますが、定説には至っていません。
3373は武蔵の国(東京都・神奈川県・埼玉県にまたがる地域)の歌。作者の恋人は、毎日手織りの布を織ってはさらす仕事をする娘なのでしょう、せっせと働いているその娘の姿を見て愛しくてたまらないと言っています。「多摩川」は、東京都と川崎市の間を流れて東京湾に注ぐ川。「晒す」は、布を水洗いしたり、日に干したりして、白く仕上げる工程のこと。「手作り」は、手織りの布のことで、多くは麻布。上2句は「晒す」の同音反復で「さらさらに」を導く序詞。「さらさらに」は、さらにさらに、この上にもこの上にも。「何そ」は、どうして。「ここだ」は、こんなにもひどく、甚だしく、の意の副詞。たくさんの意も。「愛しき」は「愛し」の連体形で、「何そ」の係り結び。なお、カナシは「悲し(哀し)」と「愛し(いとしい)」の両義がありますが、東歌では多くが後者の意で用いられています。
この歌は、声に出してよむと極めて音楽的でリズミカルであり、「多摩川」「手作り」というタ行が響き合い、「さらす」「さらさら」というサ行が呼応し、また「この児」「ここだ」に見られる同音の繰り返しによる強調など、実に爽快で巧みな歌となっています。さらに序詞には、都の貴人らの詠む歌の、雅ばかりの序詞とは違い、生活という確かな実体があります。この時代、多摩川河畔の地域では布生産が盛んに行われており、手織りの麻布を、税の一種である「調(※)」として納めていました。今もその名残である「調布」「砧(きぬた)」「布田」などの地名が残っています。この歌は、布を川でさらすときに、みんなで歌い合った労働歌だったのかもしれません。
※「調」・・・「調」は、上代の律令制下の税制「租・庸・調」のうちの一つで、「租」は、田で収穫した米を税として納めること、「庸」は都での労役によって税を納めるか、代わりに布などを納めること、「調」は布や特産物(絹・紙・漆、工芸品など)を税として納めることをいいます。租は地方の財源、調と庸は中央政府の
財源とされました。

手作りの調布・商布
多摩川の水にさらして完成させた布の原料は、麻や紵(からむし)などから繊維をとり、紡錘車(ぼうすいしゃ)という道具を使って紡いだ糸を織って織物としました。それらはみな農家の女たちが手作りで作りました。調布や庸布は税として政府に納める布で、その規格は長さ二丈六尺に定められていました。
税として納められる布以外に、商業活動によって流通する布も多く、そうした布は、調布や庸布とは別に「商布」と呼ばれました。『延喜式』には各国の商布の交易数が記されており、その数量の多い順は、常陸、上総、武蔵、下総、上野、下野、相模、安房となっています。関東以外では信濃、駿河、越中、越前からも生産されていました。
関東で生産される商布は、商旅(しょうりょ)と呼ばれる商人によって近畿などへ運ばれました。主に馬に荷をつけて陸路で運ばれましたが、一部は海路も利用されました。商旅は男性が多く、故郷の関東にあっては、農家からできあがった商布を買い集めて運び出す仕事は商旅の妻が担ったとみられます。商旅の中には巨万の富を築いた者もいたとされます。また、平城京の東市野近くには相模国の調邸があり、同国の物産を売る拠点だったといいます。
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |