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巻第14(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第14-3491~3495

訓読

3491
柳(やなぎ)こそ伐(き)れば生(は)えすれ世の人の恋に死なむをいかにせよとぞ
3492
小山田(をやまだ)の池の堤(つつみ)にさす柳(やなぎ)成りも成らずも汝(な)と二人はも
3493
遅速(おそはや)も汝(な)をこそ待ため向(むか)つ峰(を)の椎(しひ)の小枝(こやで)の逢ひは違(たが)はじ
3494
子持山(こもちやま)若(わか)かへるでのもみつまで寝(ね)もと我(わ)は思(も)ふ汝(な)はあどか思(も)ふ
3495
伊波保(いはほ)ろの沿(そ)ひの若松(わかまつ)限(かぎ)りとや君が来まさぬうらもとなくも

意味

〈3491〉
 柳の木なら伐れば代わりが生えてもこよう。が、生身のこの世の人が恋い焦がれて死にそうなのに、どうしろというのか。
〈3492〉
 山あいの田の池の堤に挿し木した柳は、根づくのもあればつかないものもある。そのように、私の恋が成就しようがしまいが問題ではない。お前との仲はいつまでも変わらない。
〈3493〉
 遅かろうと早かろうとあなたを待ちましょう。向かいの峰の椎の小枝が重なり合っているように、逢えるのは間違いないだろうから。
〈3494〉
 子持山の楓の若葉が紅葉するまで、ずっと寝たいと私は思う。お前さんはどう思うか。
〈3495〉
 大岩の崖に生えている若松のように、私は待っているのに、これを限りに、あの方が来なくなってしまうのか、心もとなくてならない。

鑑賞

 3491の「柳こそ伐れば生えすれ」は、柳というものは、切り倒してもまた(芽が)生えてくるものだ。「すれ」は、強調の「こそ」の係り結びの已然形。「恋に死なむを」の「死なむ」は、死んでしまうであろう。「を」は、〜なのに、〜というのに。「いかにせよとぞ」は、どうせよというのか。どうしろというのか。「とぞ」は、〜というのか、という強い疑問・詰問。片恋の苦悩を訴えている歌です。

 3492の「小山田」の「小」は、美称。「山田」は、山の傾斜地や山あいに設けられた田。「さす柳」の「さす」は、挿し木をする。上3句は、その根が張るかどうかの意で「成りも成らずも」を導く序詞。「成りも成らずも」の「成り」は、結実する、成就する、物事がうまくいく。「成らず」は、失敗する、結ばれない。結果がどうなろうとも、二人の仲が世間に認められて結実しようがしまいが、という、先行きの不透明さを指します。「汝と二人はも」の「はも」は、強い詠嘆。

 柳はヤナギ科の樹木の総称で、ふつうに指すのは落葉高木のシダレヤナギです。細長い枝がしなやかに垂れ下がり、春早く芽吹くので、生命力のあるめでたい木とされます。シダレヤナギに「柳」の字を使い、ネコヤナギのように上向かって立つヤナギには「楊」を用いて区別することもあります。

 3493の「遅速も」は、遅くても早くてもの意の熟語。「汝をこそ待ため」は、「こそ〜め」の係り結びとなっており、「め」は推量の助動詞「む」の已然形。あなたをこそ、ずっと待っていよう、という決意の強調です。「向つ峰の椎の小枝の」の「小枝(こやで)」は「こえだ」の東語。「逢ひ」を導く譬喩式序詞となっており、向かい合った山の椎の木の枝同士が、伸びていって触れ合う(重なり合う)様子を暗示しています。「逢ひは違はじ」は、逢えるのは間違いない。

 3494の「子持山」は、現在の群馬県渋川市北方の子持山。この歌が未勘国歌(国名のない歌)となっているのは、東歌が編纂された当時はこの山の場所が分からなかったと見えます。「若かへるで」の「かへるで」は、カエデ。「若」は、若葉の状態。「もみつまで」は、紅葉するまで。「寝も」は「寝む」の東語で、(あなたと一緒に)寝たいと。「あどか思ふ」は、どのように思うか。この歌について言語学者の犬養孝は、「上3句は誇張のようだが、かえって燃えるような情を思わせ郷土色に深くしみついた民謡らしいひびきがある。それに下2句は、大和の都人の感覚からすればあまりに露骨に思われようが、土にまみれた生活の中からはかえってかざらない真情があふれていて卑俗なものを感じさせない」と評しています。

 3495の「伊波保」は「巌ろ」で、岩石。「ろ」は、接尾語。「沿ひ」は、急斜面ぎりぎり、そば、ほとり。上2句は、若松が急斜面ぎりぎりに生えているところから、「限り」を導く序詞。「限りとや」の「や」は疑問で、関係はこれで終わりというのだろうか、の意。「うらもとなくも」の「うら」は心で、心もとなくも。頼りなく不安な気持ちを言っています。窪田空穂は、「やや年をした女が、自分よりも年下な男と関係し、双方半ば遊戯気分で逢っている状態での女の心かとも思われる。『かぎりとや君が来まさぬ』といい、そうした気分に対して『うらもとなくも』といっているのは、東国の女の真剣に一本気なのにくらべて、いかにも余裕のあるものだからである。『伊波保ろの傍の若松』という序詞も、『伊波保』を自身に、『若松』を男にからませた繋がりをもったものだろうと思われる」と言っています。しかし、妻問婚(別居婚)の、しかも一夫多妻の時代にあって、夫の訪れを常に不安な気持ちで待たなければならなかった当時の妻たちの切ない心理が如実に窺える歌であるようにも感じます。
 


子持山

 子持山は群馬県のほぼ中央部に位置する成層火山で、標高1296メートル。浸食が著しく進行した結果、火山の内部構造である火山岩頸や放射状岩脈が地表に露出しており、地質学の観察に適した山として知られる。火道のマグマが柱状に岩化して垂直に屹立する「獅子岩(大黒岩)」など特徴的な山容をしており、関越自動車道からも遠望できる。名の由来は、周囲の尾根が山を囲むさまが、子を抱いているように見えることから。東の山麓には利根川が南へ流れ、南の山麓には吾妻川が東へ流れる。西には小野子山があり、子持山とのあいだの谷あいには旧三国街道が通じている。北西部には名久田川の上流部があり、その流域は中山盆地とよばれる低地になっている。北の尾根は北西から西へと向きを変えて破風山へと連なる。
 

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