| 訓読 |
3511
青嶺(あをね)ろにたなびく雲のいさよひに物をぞ思ふ年のこのころ
3512
一嶺(ひとね)ろに言はるものから青嶺(あをね)ろにいさよふ雲の寄そり妻(づま)はも
3513
夕(ゆふ)さればみ山を去らぬ布雲(にのぐも)のあぜか絶(た)えむと言ひし子ろはも
3514
高き嶺(ね)に雲の付(つ)くのす我(わ)れさへに君に付(つ)きなな高嶺(たかね)と思(も)ひて
| 意味 |
〈3511〉
あの青い峰にたなびく雲のように、心落ち着かず物思いをしている。一年もの長い間を。
〈3512〉
一つ峰の仲だと噂されているのに、いざ私と寝ろと言ったら、あの青い峰に漂う雲のようにためらっている、あの寄そり妻は。
〈3513〉
夕方になるといつも山から離れずたなびく布雲のように、私も離れないからと、あの子は言ったのに。
〈3514〉
高い峰に雲が寄り添うように、私だってあなたに寄り添っていたい、あなたを高い峰のように頼りがいのある人だと思って。
| 鑑賞 |
3511の「青嶺ろ」は、樹木が繁り青々とした峰。「ろ」は、親愛や語調を整える接尾語で東国方言的表現。「たなびく雲の」は、たなびく雲のように。「いさよひ」は、落ち着かず、ためらう、ぐずぐずする。「物をぞ思ふ」の「ぞ」は強調の係助詞で、「思ふ」が結びの連体形。「年のこのころ」は、一年に及ぶ長い間の日頃を。東国に赴任して一年を経た京の官人の心境を歌う歌でしょうか、あるいは男から求婚され、心を決めかねて思い悩んでいる女の歌でしょうか。
3512の「一嶺ろに」は、表面上は一つの嶺に、の意。ここは二つが一つである仲であることの譬喩で、一体である意。「言はるものから」は、噂されているけれども。「青嶺ろに」は、「青い嶺に」と「我を寝ろ(私と寝よう」を掛けています。「いさよふ雲の」は、漂って定まらない雲のように。「寄そり妻」は、関係があると噂を立てられた妻、噂だけの妻、心を寄せている妻、あるいは他人が寄せようと仲介している妻などの解釈があります。「はも」は、詠嘆の終助詞。
3513の「夕されば」は、夕方になると。「み山を去らぬ」の「み」は、接頭語。「去らぬ」は、離れずにいる。「布雲」の「にの」は東語で、布のように薄く横にたなびいている雲。上3句は「あぜか絶えむ」を導く譬喩式序詞。「あぜか」は、なぜ、どうして、の意の東語。「言ひし子ろはも」の「はも」は詠嘆の終助詞で、言っていたあの子だなあ。誓っていたはずなのに自分を裏切った女を思う男の歌です。
3514の「高き嶺」は、高い山の頂。ここでは、思慕の対象である「君」を象徴しています。「雲の付くのす」は「なす」の訛りで、雲の付くように。「我れさへに」は、私だって。「付きなな」の上の「な」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形で、下の「な」は、希望の助詞。しっかり寄り添いたい、の意。「高嶺と思ひて」は、(あなたを)高い嶺だと思って。女の歌で、夫婦関係は結んでいるものの、別居生活に飽き足らず、同棲したい気持ちを歌っているものとされます。

なびく(靡く)
ナビクは、外部から働く力の作用によって、その対象が一定の方向に向けられてしまうことをいう。植物などが風や波を受けて揺れ動き倒れ伏すことや、人の心が相手に揺れ動き寄ってしまうことを表す。人の心に関わる後者も、「人の威力や魅力、周囲の状況などに引かれて」(「日国大」)と解釈できる。受動的な状態を表すことばである。単にナビクというほか、勢いを表す接頭語ウチを冠したウチナビクの形で用いられることも多い。また、特に、横にナビクことをタナビクという。タナビクのタナは「棚」と同根。雲や霞、煙などが横方向に長く引き伸びることを表す。『万葉集』では、植物のナビクさまを人事に転換して詠み込む場合が多い。特に、人麻呂は藻がナビクさまを意識的に詠じた歌人である。
~『万葉語誌』から引用
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巻第14の編纂者
巻第14の編纂者が誰かについては諸説あり、佐佐木信綱は、藤原宇合(不比等の第3子)が常陸守だった時に属官として仕え、東国で多くの歌を詠んだ高橋虫麻呂だとしています。ただ、東歌の編纂は、虫麻呂一人の仕事ではなく、のちにそれに手を加えた人のあることが推量され、その人を大伴家持とする説もあります。一方、この巻に常陸の作の多いことも認められるが、上野の国の歌はさらに多く、その他多くの国々の作を、常陸に在任したというだけで虫麻呂の編纂と断ずることはできないとの反論もあり、その上野国に関連して、和銅元年(708年)に上野国守となった田口益人(たぐちのますひと:『万葉集』に短歌2首)と見る説もあります。さらには、これら個人の仕事ではなく、東国から朝廷に献じた「歌舞の詞章」だという説もあります。
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |