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巻第14(索引)<万葉集(掲載歌の索引)<古典に親しむ

『万葉集』巻第14-3545~3549

訓読

3545
安須可川(あすかがは)堰(せ)くと知りせばあまた夜(よ)も率寝(ゐね)て来(こ)ましを堰(せ)くと知りせば
3546
青柳(あをやぎ)の張らろ川門(かはと)に汝(な)を待つと清水(せみど)は汲(く)まず立ち処(ど)平(なら)すも
3547
あぢの住む須沙(すさ)の入江の隠(こも)り沼(ぬ)のあな息(いき)づかし見ず久(ひさ)にして
3548
鳴る瀬ろに木屑(こつ)の寄(よ)すなすいとのきて愛(かな)しけ背(せ)ろに人さへ寄すも
3549
多由比潟(たゆひがた)潮(しほ)満ちわたる何処(いづ)ゆかも愛(かな)しき背(せ)ろが我(わ)がり通(かよ)はむ

意味

〈3545〉
 安須可川の流れを堰き止めるように、逢うのを拒むと知ったならば、幾夜も幾夜もこっそり連れ出して共寝するのだったのに。堰き止めると知っていたなら。
〈3546〉
 青柳が芽を吹く川の渡り場であなたを待って、清水を汲まずに行ったり来たりしているので、地面が平らになっています。
〈3547〉
 アジガモの棲む須沙の入江の、水の淀んだ沼のように、うっとうしくて息が詰まりそうだ。長く逢っていないから。
〈3548〉
 鳴り響く川瀬に木屑が寄せられるように、とても愛しいあの人に、他の女までがあの人に心を寄せてくることだ。
〈3549〉
 多由比潟に潮が満ちわたっている。いったい何処を通って愛しいあの人は私の許へ通って来るのだろうか。

鑑賞

 3545の「安須可川」は、前歌(3544)の「阿須可川」と同じく未詳。「堰く」は、堰き止める意で、女が逢うことを拒む意の喩えとして言っているもの。「率寝」は、寝所に伴って行って寝る。「知りせば~来ましを」の「せば~ましを」は、反実仮想。もしも知っていたら~来ただろうに。上の歌と問答の形になっていますが、そうではなく別の歌だとして、「堰く」は、親が二人の仲を妨害する喩えであり、「そうだと知っていたら、幾夜も幾夜も連れ出して一緒に寝て来るのだったのに」のように解するものもあります。また、第2句と結句とを繰り返すのは謡い物の型でもあります。

 3546の「青柳」は、春に若芽をふいた柳。「張らろ」は「張れる」の東語で、枝や芽を出すこと。「川門」は、川幅の狭くなっているところ。渡り場。「汝を待つと」は、あなたを待って。「汝」はふつう、男が女を呼ぶ場合に用いられますが、ここでは女が男を親しんで呼んでいます。「清水(せみど)」は「しみづ」の東語。「立ち処平す」は、行きつ戻りつしているうち、足元の土が踏まれて平らになっていくこと。「も」は、詠嘆の終助詞。当時、水汲みは若い女の仕事であり、外出できる稀有な機会でした。清水を汲んでくるのにかこつけて、男と逢う約束の川門で今か今かと待っている歌です。そのように、川門は若い男女のデートの場所でもあったのでしょう。この歌を鴻巣盛広は、「東語らしい語が多く用いられて、東歌としての香気が高く、しかも東国らしい風景と田舎女の純情とがあらわれ、調もまたよく整った佳作である」と評しています。

 3547の「あぢ」は、アジガモ。トモエガモの別名で、今も全国で普通に見られる鴨です。「須沙の入江」の所在は未詳ながら、愛知県の須佐湾かともいわれます。「隠り沼」は、水の出口のない沼。ただし、原文「許母理沼乃」を「許母理江乃」とする本があり、「隠り江」(人目につかない入江の湾入部)と訓む説もあります。上3句は「あな息づかし」を導く序詞。「あな息づかし」の「あな」は、感動詞。「息づかし」は、息が詰まりそうなさま。「見ず久にして」は、長く逢っていないので。男が女を思った歌か、あるいは久しく来ない男を待っている女の歌なのか、はっきりしません。

 3548の「鳴る瀬ろに」は、鳴り響く川瀬に。「ろ」は、東国特有の接尾語。「木屑(こつ)」は、木屑、木っ端。「いとのきて」は、とりわけ、甚だ。「愛しけ」は「愛しき」の訛り。「背ろ」の「ろ」は接尾語で、夫や恋人を親しんで呼ぶ語。「人さへ寄すも」の「さへ」は添加の副助詞、「も」は詠嘆の終助詞で、他の女までも心を寄せている。上2句が下3句の譬喩になっており、モテてしょうがない夫に気を揉んでいる女の歌です。窪田空穂は、「恋の上では起こりうる心であるが、しかし歌としては例の多くないもので、またこのように率直に、素朴に詠んだものはない」と言っています。一方、「人さへ寄すも」を、「世間の人までもが私を(あの人に)言い寄せてくれるよ」のように解する説もあります。

 3549の「多由比潟」は、所在未詳。「何処ゆかも」は、どこを通ってか。「何処(いづ)」は「いづく」に当たる東語。「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「かも」は、疑問の係助詞。「愛しき背ろ」の「ろ」は接尾語で、夫や恋人を親しんで呼ぶ語。「我がり」の「がり」は、~の許へ、~の所へ。「通はむ」は、通って来るだろうか。「む」は推量の助動詞「む」の連体形で、「かも」の係り結び。干潟は、引き潮の時には道となりますが、満ちてくれば深い海となります。さっきまで見えていた道が波に飲み込まれていく光景を目の当たりにしながら、彼女は今夜訪ねてくるはずの恋人の身を案じ、同時に会えないかもしれない孤独を恐れています。伊藤博は、「上2句の空漠たる広がりに対しての感慨がいい」と評し、鴻巣盛広は、「純情その儘に歌われている」と述べています。
 


『万葉集』クイズ

 次の歌はいずれも山部赤人の歌です。それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。

  1. みさご居る磯廻に生ふる〇〇〇〇の名は告らしてよ親は知るとも
  2. 我が屋戸に〇〇〇〇蒔き生ほし枯れぬれど懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ
  3. 我も見つ人にも告げむ葛飾の〇〇の手児名が奥つ城ところ
  4. ぬばたまの夜の更けゆけば〇〇〇生ふる清き川原に千鳥しば鳴く
  5. 須磨の〇〇の塩焼き衣のなれなばか一日も君を忘れて思はむ
  6. 大夫は御猟に立たし娘子らは〇〇〇裾引く清き浜廻を
  7. 春の野に〇〇〇採みにと来しわれぞ野をなつかしみ一夜寝にける
  8. わが背子に見せむと思ひし〇〇の花それとも見えず雪の降れれば
  9. 百済野の〇〇の古枝に春待つと居りし鶯鳴きにけむかも
  10. 潮干なば〇〇〇刈りつめ家の妹が浜づと乞はば何を示さむ


【解答】 1.なのりそ 2.からあゐ(韓藍) 3.まま(真間) 4.ひさき(久木) 5.あま(海女) 6.あかも(赤裳) 7.すみれ 8.うめ(梅) 9.はぎ(萩) 10.たまも(玉藻)

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