| 訓読 |
3558
逢はずして行かば惜(を)しけむ麻久良我(まくらが)の許我(こが)漕ぐ船に君も逢はぬかも
3559
大船(おほぶけ)を舳(へ)ゆも艫(とも)ゆも堅(かた)めてし許曽(こそ)の里人(さとびと)顕(あら)はさめかも
3560
真金(まかね)吹(ふ)く丹生(にふ)のま朱(そほ)の色に出(で)て言(い)はなくのみぞ我(あ)が恋ふらくは
3561
金門田(かなとだ)を荒垣間(あらがきま)ゆ見(み)日が照(と)れば雨を待(ま)とのす君をと待(ま)とも
| 意味 |
〈3558〉
このまま逢えないままであの方が行ってしまったら、どんなにか心残りに思うことか。麻久良我の許我を渡る渡し舟の中ででも、ひょっとしてお逢いできないものだろうか。
〈3559〉
大船を船首と船尾から綱を出してしっかり結ぶように、二人の仲を固く秘めてきたのに。ああ、許曽の里の人たちは、それを言いふらして露わにしてしまうのだろうか。
〈3560〉
鉄を製煉する炎のように赤い丹生の赤土のように、顔色に出して言わないだけのこと、私が恋い焦がれているこの思いは。
〈3561〉
家の前の田を粗い垣根の隙間から見て、日照りが続けば雨が降るのをただ待つように、そんな気持ちであなたを待っています。
| 鑑賞 |
3558の「逢はずして行かば」は、共寝をしないで行ってしまったら、の意。「惜しけむ」は、どんなにか残念なことでしょう。「麻久良我」は、渡良瀬川が利根川と別れるところの茨城県古河市の地名。「許我」は、古河市と渡良瀬川をはさんだ対岸の埼玉県加須市の間の渡し場がある所(3555に既出)。当時の交通の要所であり、多くの舟が行き交う賑やかな渡し場でした。「君も逢はぬかも」の「も~ぬかも」は実現を熱望する願望の表現で、あの方に逢えぬものだろうか。遊行女婦の歌とされますが、妻を残して旅立つ男の歌とする説もあります。
3559の「舳ゆも艫ゆも」の「ゆ」は、動作の起点・経由点を表す格助詞。船首からも船尾からも。上2句は「堅めてし」を導く譬喩式序詞。「堅めてし」は、船を綱で繋留して固める意と、男女の仲を他人に知られないよう固く誓って隠し通す意を掛けています。「許曽」は、女性の住む地名ながら、未詳。「顕はさめかも」は、暴露することはないだろう。「顕はす」は、隠れているものを表面に出す意。「め」は、推量の助動詞「む」の已然形。「かも」は反語・詠嘆の終助詞。夫婦関係の秘密は、それを顕すと関係が絶えるというのが、上代の信仰だったとされ、それが里人たちによって暴露されるのではないかと危惧している歌です。
3560の「真金吹く」は、鉄を鉄鋼からふいごの火力で吹き分けること。その意味から砂鉄などを含む「丹生」に掛かる枕詞。「丹生」の「丹」は朱の顔料のことで、水銀と硫黄が結合した鉱物。それが産出した土地を丹生といい、転じて地名になったもの。丹生は諸国にあるものの、東国では所在未詳。「真朱」は、赤土。上2句は、真朱が赤いことから「色に出て」を導く序詞。「色に出て」は、表面に顕して。「言はなくのみぞ」は、言わないだけのことだ。「言はなく」は「言はず」のク語法で名詞形。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。
3561の「金門田」は、門前の田、家の前にある田。「荒垣間ゆ見」の「荒垣」は、目の荒い垣。「間ゆ見」の。「ゆ」は、起点・経由点を表す格助詞で、隙間から見る。ただし、この第2句の解釈には諸説あり、「荒掻きま斎み」として、「田を荒く掻きならし、身を清めて」のように解するものもあります。「照(と)れば」は「てれば」の訛り。「雨を待とのす」の「待とも」は「待つなす」の訛りで、雨を待つように。4句までが「待つ」の譬喩になっています。「君をと待とも」の「と・待と」は、それぞれ「ぞ・待つ」の訛り。君を(こそ)待つことよ。

遊行女婦について
「遊行女婦」の「遊び」とは、元々、鎮魂と招魂のために歌と舞を演じる儀礼、つまり祭りの場に来臨した神をもてなし、神の心なぐさめる種々の行為を意味しました。「宴」が「遊び」とされたのも、宴が祭りの場に起源をもつからです。
そうした饗宴の場には、男性と共に女性も必要とされました。ところが、律令国家が成立して以降は、女性は次第に公的・政治的な場から排除されるようになります。官人らの宴席に、男性と同等の立場で参加できる女性は限られてきました。
中央には後宮があり、貴族の宴席に侍ってひけをとらない教養を持った女官がいましたが、律令規定では地方に女官は存在しません。その代わりに登場したのが遊行女婦だったと考えられています。
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