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巻第15(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第15-3622~3626

訓読

3622
月読(つくよ)みの光りを清(きよ)み夕なぎに水手(かこ)の声(こゑ)喚(よ)び浦廻(うらみ)漕(こ)ぐかも
3623
山の端(は)に月(つき)傾(かたぶ)けば漁(いざ)りする海人(あま)の燈火(ともしび)沖になづさふ
3624
我(わ)れのみや夜船(よふね)は漕(こ)ぐと思へれば沖辺(おきへ)の方(かた)に楫(かぢ)の音(おと)すなり

3625
夕(ゆふ)されば 葦辺(あしへ)に騒(さわ)き 明け来れば 沖になづさふ 鴨(かも)すらも 妻とたぐひて 我(わ)が尾には 霜(しも)な降りそと 白たへの 羽(はね)さし交(か)へて うち払ひ さ寝(ぬ)とふものを 行く水の 帰らぬごとく 吹く風の 見えぬがごとく 跡もなき 世の人にして 別れにし 妹(いも)が着せてし なれ衣(ごろも) 袖(そで)片敷(かたし)きて ひとりかも寝(ね)む
3626
鶴(たづ)が鳴き葦辺(あしへ)をさして飛び渡るあなたづたづしひとりさ寝(ぬ)れば

意味

〈3622〉
 月の光が清らかなので、夕なぎの中、舟乗りたちが声を掛け合って入江伝いに漕いでいく。
〈3623〉
 山の端に月が傾くと、漁をする海人の漁火が、沖の波間にただよっている。
〈3624〉
 我らだけがこの夜船を漕いでいると思っていたら、沖の方でも櫓を漕ぐ音がしている。

〈3625〉
 夕方になると葦辺にやってきて鳴き騒ぎ、夜明けになると沖の波間に漂う鴨たちでさえ、妻と連れ立ち、自分たちの尾羽に霜よ降るなと、互いに羽をさしかわして霜をうち払って共寝するというのに、この私は、流れゆく水が帰らぬように、吹く風が見えないように、跡形も残らないこの世の人の定めとして、離れ離れになった妻が着せてくれた、すっかり着慣れた着物を一つだけ敷いて、ひとりで寝なければならないのか。
〈3626〉
 鶴が鳴きながら葦辺に向かって飛んで行く。ああ、言いようもなく心細い、ひとりきりで寝ていると。

鑑賞

 遣新羅使人の歌で、3622~3624は、長門の浦より船出する夜に月の光を仰ぎ観て作った、無記名の歌。「長門の浦」は、広島県呉市の南の倉橋島。海上が安全であれば、夜間でも月の光を頼りに出発したようです。3622の「月読」は、月のこと。月を神に見立てた語。「清み」は「清し」のミ語法で、清いので。「水手の声喚び」は、水手が声をかけ合って。「浦廻」は、海岸が湾曲して入り組んだところ。「漕ぐかも」の「かも」は、詠嘆。窪田空穂は、「『水手の声喚び』以下は、その際の快い感動である。純客観的で、主観語をまじえていないのは、快さからである」と述べています。

 
3623の「山の端」は、山と空との境目あたり。「月傾けば」は、月が西に沈もうと傾いてくると。「沖になづさふ」は、沖合の水面に浮き漂う。伊藤博はこの歌を評し、「前歌の『月』が山の端に傾いて行くのにつれて、光がしだいに乏しくなってゆく。その心細さを、はかない漁火にこと寄せて慰めている。月の光が薄くなるにつれて、反対に今まで目立たなかった漁火がちらちらと浮き立ってくるわけである。その明暗の変化をとらえた歌で、力量を感じさせる」と述べています。

 
3624の「我れのみや」の「や」は、疑問。「楫」は、舟を漕ぐための道具の総称。「音すなり」の「なり」は、詠嘆の助動詞。前歌の心細さを承けて、夜の海を航行する孤独のなかで、沖の方から聞こえてきた楫の音に親愛と安らぎを感じています。伊藤博は、「やはり手腕をうかがわせる歌」と評しており、また「この3首、時間と情景の推移の中に旅行く者の哀愁をひっそりと示していて、すぐれている。むやみに郷愁を叫ぶよりは訴えるところが深い」と述べています。

 3625・3626は、題詞に「古挽歌一首」とあり、一行の中に記憶している者があって、旅愁を慰めるために誦詠した歌とされます。また、左注に、
丹比大夫(たじひだいぶ:伝未詳)が亡き妻を悲しみ痛んで作った歌とありますが、歌の内容は挽歌のそれではなく、官命によって海岸地帯に旅した丹比大夫が、長い滞在のなか、霜の降りるような寒い夜に、京の家にいる妻のことを思い、独り寝の侘びしさを嘆いているという旅愁の歌です。

 
3625の「夕されば」は、夕方になると。「なづさふ」は、浮き漂う。「たぐひて」は、伴って、連れ立って。「霜な降りそ」の「な~そ」は、禁止。「白たへの」は「羽」の枕詞。鴨の羽色は白色ではありませんが、ここは霜を被る羽というので「白たへ」と言っていると見られます。「うち掃ひ」は、共寝を成就させる呪的行為として「真袖もち床うち掃ふ」ということの多い語で、ここもそういうことを背景にこめての表現かとされます。「さ寝」の「さ」は、接頭語。「とふ」は「といふ」の約。「なれ衣」は、着慣れた衣服。「袖片敷きて」は、共寝しないで、の意。「ひとりかも寝む」の「かも」は、詠嘆的疑問。

 
3626の上3句は「たづたづし」を導く同音反復式序詞。「あな」は、感動詞。「たづたづし」は、心細い、おぼつかない。伊藤博は、「この古挽歌がここで持ち出された契機は、前3首の底に漂う郷愁にある。前3首があらわに郷愁を述べなかったことが、逆に、あらわな妻への思いを駆り立てることになったのであろう」と述べています。
 


さやけし

 サヤケシは、対象から感じられる静謐さの中にたたえられている霊的なもののざわめきを意味する。霊威あるもののざわめきは、一方では畏怖すべきものともなる。また一方では、畏怖する力の大きさから、その対象を讃えるものともなる。この二面性をもとことばがサヤケシである。

 サヤケシの語源を、澄みきった冷たさを表す「冴(さ)ゆ」に求める説もあるが、異界の霊威あるもののざわめきを意味するサヤに、「露けし」や「のどけし」と同じように形容詞をつくる接尾語ケシがついた言葉と考えるべきであろう。サヤケシの霊威が際立っている状態を讃えるときに、くっきりとしている、明るくはっきりとしている、清明だという意味も生まれた。そのため「冴ゆ」とも重なる部分が多いのだと思われる。

 サヤケシは、川や波音などから聴覚的に感得された清明さを讃美するときにも用いられた。また、川を見ることを契機とし、視覚的に霊威を讃美したサヤケシもある。サヤケシは、原文では「清」と表記されることが多いが、「清」は『万葉集』では「きよし」にもあてられる字でもあり、両者が重なりを持つことを示している。対象の清浄な状態そのものを示すのがキヨシ、そこから受けた主体の清明な情意・感覚を表すのがサヤケシとなる。両者は重なりつつも区別できよう。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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