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巻第15(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第15-3676~3680

訓読

3676
天(あま)飛ぶや雁(かり)を使(つかひ)に得(え)てしかも奈良の都に言(こと)告(つ)げ遣(や)らむ
3677
秋の野をにほはす萩(はぎ)は咲けれども見る験(しるし)なし旅にしあれば
3678
妹(いも)を思(おも)ひ寐(い)の寝(ね)らえぬに秋の野にさを鹿(しか)鳴きつ妻思ひかねて
3679
大船(おほぶね)に真楫(まかぢ)しじ貫(ぬ)き時待つと我(わ)れは思へど月ぞ経(へ)にける
3680
夜(よ)を長み寐(い)の寝(ね)らえぬにあしひきの山彦(やまびこ)響(とよ)めさを鹿鳴くも

意味

〈3676〉
 空を飛ぶ雁を使いとして手に入れたいものだ。奈良の都に言伝てを託すことができるのに。
〈3677〉
 秋の野を美しく彩る萩が一面に咲いているけれど、見る張り合いもない。旅先の身なので。
〈3678〉
 妻のことを思って寝るに寝られずにいると、秋の野で牡鹿が鳴き立てている。妻恋しさに耐えかねて。
〈3679〉
 大船にたくさんの櫂を取り付け、いつでも出発できると思っていたのに、いつのまにか月が替わってしまった。
〈3680〉
 夜が長いので寝るに寝られないでいると、山彦を響かせて妻を呼ぶ牡鹿が鳴き立てている。

鑑賞

 遣新羅使人の歌。3674・3675に続き、引津に停泊した時の歌5首で、いずれも無記名歌。3676の「天飛ぶや」は「雁」の枕詞。「雁を使に」は、時あたかも雁の季節であり、中国(前漢)の蘇武が匈奴に使いして抑留された時、雁の足に文を託して故国に伝えたという故事を踏まえて歌っています。「得てしかも」の「てしか」は願望で、手に入れたいものだ。「言告げ遣らむ」の「言告げ」は、言葉を告げること、伝言。「遣らむ」の「む」は意志の助動詞で、ぜひとも届けたいという作者の意図を示します。

 
3677の「秋の野を」とあるのは、舞台が海から、船を降りて休息している引津の野へと移っています。「にほはす」は、現代のような「匂う」意ではなく、美しい色に染める、色が鮮やかに輝く意。「見る験なし」は、見る甲斐がない、見る張り合いがない。「旅にしあれば」の「し」は強意の副助詞で、旅という身の上であるので。帰ると約束した秋に、その代表的な景物である萩を旅先で見ることになった悲しみを歌っています。

 
3678の「寐の寝らえぬ」は、寝ても眠ることができない。「秋の野」は、3677で詠んだ同じ野原。「さを鹿」の「さ」は接頭語で、雄の鹿のこと。「鳴きつ」の「つ」は、完了の助動詞で、鳴き声が耳に飛び込んできたその瞬間的な動きを捉えています。「妻思ひかねて」は、妻への思いに堪えきれなくなって。前歌で萩を歌っているのを承け、その取り合わせの風物とされる「さを鹿」を採り上げています。「鳴いているのは鹿だが、その心は私そのものだ」という自己投影が、この歌の核心です。

 
3679の「真楫しじ貫き」は、船の両舷に楫をたくさん取り付けて。「楫」は、舟を漕ぐための道具の総称。「時待つと」は、出航に適した順風や、潮の流れを待つこと。「我れは思へど」は、自分としては(すぐにでも出発したいと)思っているのだけれど。「月ぞ経にける」の「ぞ」は係助詞で、「ける」はその結びの連体形。(あんなに準備はできているのに)月日が過ぎ去ってしまったなあ、という深い嘆息です。目的地の新羅はおろか、壱岐・対馬にさえ行き着かぬうちに、時はすでに仲秋に入っています。

 
3680の「夜を長み」の「長み」は「長し」のミ語法で、夜が長いので。「寐の寝らえぬ」は、寝るに寝られない。「あしひきの」は「山」の枕詞。「山彦響め」の「山彦」は、山に響くこだま。「響め」は、鳴り響かせて。「さを鹿鳴くも」の「も」は、詠嘆の終助詞。前6首の要所要所に配慮してうまくまとめたような歌であり、一連を過不足なく終結させるものになっています。また、『柿本人麻呂歌集』に、或は人麻呂の作かという「明日の宵逢はざらめやもあしひきの山彦響め呼び立て鳴くも」(巻第9-1762)があり、当歌はこれに学んだ作と見られ、家持による添加歌の可能性が指摘されています。



『万葉集』の歌番号

 『万葉集』の歌に歌番号が付されたのは、明治34~36年にかけて『国歌大観歌集部』(正編)が松下大三郎・渡辺文雄によって編纂されてからです。「正編」には、万葉集・新葉和歌集・二十一代集・歴史歌集・日記草紙歌集・物語歌集を収め、集ごとに歌に番号が付されました。これによって、国文学者らは、いずれの国書にでている和歌なのかをたちどころに知ることができるようになりました。『万葉集』の歌には、1から4516までの番号が付されています。ただ、当時のテキストとなった底本は流布本であり、またそれまでの研究が不十分だったために、一首の長歌を二分して二つの番号を付す誤りや、「或本歌」の取り扱いなどの問題もあり、4516という数字が『万葉集』の歌の正確な総数というわけではありません。しかし、ただ番号を付すというそれだけのことで、その後の国文学研究は大きく進展したのです。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。