| 訓読 |
3688
天皇(すめろき)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 韓国(からくに)に 渡る我(わ)が背(せ)は 家人(いへびと)の 斎(いは)ひ待たねか 正身(ただみ)かも 過(あやま)ちしけむ 秋去らば 帰りまさむと たらちねの 母に申(まを)して 時も過ぎ 月も経(へ)ぬれば 今日(けふ)か来(こ)む 明日かも来むと 家人は 待ち恋ふらむに 遠(とほ)の国 いまだも着かず 大和をも 遠く離(さか)りて 岩が根の 荒き島根に 宿(やど)りする君
3689
石田野(いはたの)に宿りする君家人のいづらと我(わ)れを問はばいかに言はむ
3690
世間(よのなか)は常(つね)かくのみと別れぬる君にやもとな我(あ)が恋ひ行かむ
| 意味 |
〈3688〉
天皇の命を受け、官人(つかさびと)として新羅の国に渡ろうとしたあなたは、家の人のお祈りが十分でなかったのか、それとも自身が過ちでも犯したせいなのか、秋になれば帰ってきますと母親に申して出かけてきたのに、時は過ぎ、月も経たので、今日は帰るか、明日は帰るかと、家の人は今ごろ待ち焦がれているだろうに、遠い国にいまだ着きもせず、大和から遠く離れた、岩がごつごつしたこんな荒々しい島で、永遠に宿ることになってしまったあなた。
〈3689〉
石田野に眠っている君よ、もしも家の人が、どこにどうしているのかと、この私に尋ねてきたらどう答えたらいいのか。
〈3690〉
世の中はいつもこんなふうにはかないものと、別れて行ってしまった君、その君を、私はただいたずらに恋い慕いながら、旅を続けなければならないのか。
| 鑑賞 |
遣新羅使人の歌。一行が肥前から対馬に向かう途中で、悲しい事件が起こります。使者の一人、雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)が急に疫病に罹って死去したのです。題詞には「鬼病(えやみ)」とありますが、天然痘に罹ったものとされます。一行にとっては大変な衝撃で傷心事となり、この歌は、そのときに作られた作者未詳の長歌と反歌です。新羅からの帰途にも船内に疫病が発生し、大使の阿倍継麻呂(あべのつぐまろ)が対馬で亡くなっています(このことは『万葉集』には記されていません)。当時の使節団の旅程はただでさえ命がけだったのに、とんだ厄災に見舞われてしまいました。
3688の「遠の朝廷」は、ここでは朝鮮半島にあった日本府を指していますが、実際は欽明天皇の時代に廃されましたから、遠い過去のことです。「韓国」は、ここでは新羅を指します。「背」は、本来女から男を指す称ですが、男同士でも親しんで呼ぶ場合には用いられました。「斎ひ」は、吉事を祈って禁忌を守ること。「正身」は本人、その人自身。「過ちしけむ」は、何か運命を誤らせるような不運や過失があったのだろうか、という問い。「秋去らば」は、秋が来たら。「帰りまさむ」の「まさ」は、敬語。「たらちねの」は「母」の枕詞。「岩が根の荒き島根に宿りする君」の「岩が根」は、大きな岩。「根」は、大地にどっしりと固定し根を張っている物につける接尾語。「島根」は、島。「宿りする君」は、死者みずからが旅宿りするように見立てて言ったもので、死を忌み避け、死者を敬するゆえの表現。対馬の岩だらけの荒涼とした土地で、墓に眠る宅満を指します。
3689の「石田野」は、長崎県壱岐市石田町の野。「いづら」はどのあたり。「いかに言はむ」は、どのように言おうか(いや、言えるはずがない)。3690の「世間」は、この世、人生。「君にやもとな」の「や」は、疑問的詠嘆。「もとな」は、いたずらに、わけもなく。「我が恋ひ行かむ」は、恋い慕い続けていくのだろうか。任半ばで亡くなってしまった同僚への痛恨がこもる歌となっています。

一人称の「わ」と「あ」
『万葉集』の歌の一人称の代名詞には、ワガ・ワレのようなワ系の語と、アガ・アレのようなア系の語があります。どのように使い分けされるかについて、たとえば、一人称が「恋」という名詞に続く場合は、その殆どがア系の語が用いられているとの指摘があります。上の3690の「我(あ)が恋ひ行かむ」がそうですし、他にも「我(あ)が恋まさる」「我(あ)が恋やまめ」「我(あ)が恋わたる」などの例があります。一般的あるいは複数的に用いられる場合は、ワ系であるのに対し、ア系は、単数的、孤独的である場合に用いられているとされます。
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |