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巻第15(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第15-3713~3717

訓読

3713
黄葉(もみちば)は今はうつろふ我妹子(わぎもこ)が待たむと言ひし時の経(へ)ゆけば
3714
秋されば恋しみ妹を夢(いめ)にだに久しく見むを明けにけるかも
3715
ひとりのみ着寝(きぬ)る衣(ころも)の紐(ひも)解(と)かば誰(た)れかも結(ゆ)はむ家遠(いへどほ)くして
3716
天雲(あまくも)のたゆたひ来(く)れば九月(ながつき)の黄葉(もみち)の山もうつろひにけり
3717
旅にても喪(も)なく早(はや)来(こ)と我妹子(わぎもこ)が結びし紐はなれにけるかも

意味

〈3713〉
 黄葉は今は散ってゆく。愛しい妻がお待ちしますと言った時が過ぎて行ったので。
〈3714〉
 秋がやってきて、ひとしお恋しさがつのる妻を、夢にだけでも一晩中見続けていたいのに、夜はさっさと明けてしまった。
〈3715〉
 ひとりだけで着て寝るこの着物の紐を解いたなら、いったい誰が結んでくれるのか。家は遙かに遠いのに。
〈3716〉
 天雲のように漂いながらここまでやって来たが、九月の黄葉の山もすっかり散ってしまった。
〈3717〉
 出立なさっても何事もなく早く帰って来てほしいと、妻が結んでくれた着物の紐も、すっかりよれよれになってしまった。

鑑賞

 遣新羅使人の歌。対馬に着いた使節団一行は、竹敷の浦に停泊し、そこで宴会を催しました。ここの歌はその折に余興として詠まれた18首のうちの5首。いずれも無記名歌。3713の「今はうつろふ」は、今ではもう散りかけている。「うつろふ」は、色が褪せる、散る、移動するという意味を含みます。「待たむと言ひし時」は、出発の際に、待とうと言った時で、すなわち秋。「時の経ゆけば」は、時間が経過してしまったので。

 
3714の「秋されば」は、秋になったので。「恋しみ」は「恋し」のミ語法で、恋しいので。「夢にだに」は、せめて夢の中でだけでも。「久しく見むを」は、長く(ずっと)見ていたいのに。「む」は意志の助動詞、「を」は逆接的な確定条件(〜のに)。「明けにけるかも」は、夜が明けてしまったことよ。「にける」は完了の助動詞「ぬ」の連用形 + 詠嘆の助動詞「けり」。「かも」は深い感動や嘆きを表す終助詞。

 
3715の「ひとりのみ」は、自分一人だけで。「着寝る」は、衣服を着たまま寝る意で「着て寝る」の連語。旅先での仮寝の様子を表します。「誰かも結はむ」は、一体誰が結んでくれるだろうか(いや、誰もいない)。「かも」の「か」は疑問の係助詞で、「む」は結びの推量の助動詞「む」の連体形。「誰も結んでくれない」という事実を、疑問の形を借りて強調することで、その寂しさを強く訴えかけています。

 
3716の「天雲の」は、空をゆく雲のようにの意で「たゆたひ」にかかる枕詞。「たゆたふ」は、漂う。波や雲が定まらずに揺れ動く様子で、ここでは、目的地へ向かう船旅の不安定さや、作者自身の定まらない心中を暗示しています。「九月」は、陰暦の9月で晩秋。「うつろひにけり」は、すっかり色あせて(散って)しまったなあ。

 
3717の「旅にても」は、旅先にあっても。「喪なく」は、変事(病気や災難、死など)がなく。無事で。「喪」は身内の死などの不幸を指しますが、ここでは広く「災い」を意味します。「早来と」は、早く帰ってきてね、と。「なれにけるかも」は、よれよれになってしまったなあ。往路の歌は、ここで終わります。

 ここから先、新羅での歌は全くなく、その理由について、新羅が入国を拒否してきたために、一行は朝鮮半島に一番近い対馬までしか行かず、新羅には渡っていないとする見方があります。さらに、その責任を感じた大使の
阿倍継麻呂は、自死し、彼が3700で詠んだ「あしひきの山下光る黄葉の散りの乱ひは今日にもあるかも」の歌は、死を覚悟しての心情を黄葉が散ることに託した辞世の歌ではないかとも言われます。遣新羅使の準備のためには膨大な国費を要したはずで、はじめから新羅側がこの使節を受け入れるつもりがなかったのなら、もっと早くに日本側に伝えておくべきだったとはいえ、最北端の対馬に着いてから拒否するようでは、大使が責任をとって自死するより他なかったのかもしれません。

 なお、これら遣新羅使人の歌について、文学者の
犬養孝は次のように述べています。「遣新羅使人の歌145首について、歌詠みの人で、こんな歌はつまらないと軽蔑する方もあるのですが、でもぼくは、これは大変面白い歌だと思います。というのは、何が面白いかというと、この歌の作者たちは、歌を作ろうとか、自分は歌人だといった意識が全くない。それぞれの風土の中で、素直に自分の心を打ち出しているというところです。これは得難いものだと思う。そして日本人の伝統としては、立派な歌人になろうとする人もいるでしょうが、そういう人よりも、自分のそれぞれの体験を三十一文字に打ち出して、ひとつの安らぎを覚えている方が多いのではないでしょうか。そういうことを思うと、遣新羅使人の歌というのは、わが日本の歌の伝統としても大切だと思います」



ひも(紐)

 ヒモは、通常、男女が別れに際して互いに結び合い、それぞれの魂を相手の結び目に封じ込めて、再会を呪(まじな)い取るものとされる。それゆえ、再会までは解かないことが原則とされた。ところが、『万葉集』のヒモにはわからないことが多い。その形状、またどこに付けていたのかがはっきりとしないのである。「下紐」「裏紐」とする表記例もあるから、下着に付けた紐とも見られるが、「裏紐」は上着の裏側に付けた紐、着物の前合わせをとめる紐とも解せるから、その実態はなかなか捉えにくい。さらに前合わせをとめるのなら実用的な紐になるが、そうとは思えない例も見える。「高麗錦(の)紐」のように舶来の高価な素材を用いたもの、赤や紫の紐の場合がそれである。

 「高麗錦(の)紐」は、七夕歌に用いられた例が典型だが、高貴さを意図した特別な意味合いがあるのだろう。一方、赤や紫の紐には呪術的な意味合いがつよく感じられる。古代においては、紫は色彩としては赤の範疇に属するとされた。赤は神的・霊的なものが依り憑いたしるしの色である。それゆえ、赤や紫の紐は、そこに封じ込められた魂の呪力のはたらきを示しているのだろう。ならば、これらは呪術的な目的を優先させたヒモになる。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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