| 訓読 |
3736
遠くあれば一日(ひとひ)一夜(ひとよ)も思はずてあるらむものと思ほしめすな
3737
人よりは妹(いも)ぞも悪(あ)しき恋もなくあらましものを思はしめつつ
3738
思ひつつ寝(ぬ)ればかもとなぬばたまの一夜(ひとよ)もおちず夢(いめ)にし見ゆる
3739
かくばかり恋ひむとかねて知らませば妹(いも)をば見ずぞあるべくありける
3740
天地(あめつち)の神(かみ)なきものにあらばこそ我(あ)が思ふ妹(いも)に逢はず死にせめ
3741
命(いのち)をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢はざらめやも [一云 ありての後も]
3742
逢はむ日をその日と知らず常闇(とこやみ)にいづれの日まで我(あ)れ恋ひ居(を)らむ
3743
旅といへば言(こと)にぞ易(やす)き少(すくな)くも妹(いも)に恋ひつつ術(すべ)なけなくに
3744
我妹子(わぎもこ)に恋ふるに我(あ)れはたまきはる短き命(いのち)も惜(を)しけくもなし
| 意味 |
〈3736〉
遠く離れているから、一日や一夜はあなたを思わないでいるなどと思わないでください。
〈3737〉
他の人よりも、むしろあなたが悪い。こんな苦しい恋をせずにいたものを、やたらに嘆かせるばかりで。
〈3738〉
あなたのことばかり思って寝るせいか、むやみやたらと、一晩も欠かさずあなたの夢をみる。
〈3739〉
こんなにも恋い焦がれ苦しむと、前々から分かっていれば、あなたに出会わなければよかった。
〈3740〉
天地の神々がいらっしゃらなければ、私の思い焦がれるあなたに逢うこともなく、死んでいけただろうに。
〈3741〉
この命さえ無事であったなら、この世にあってこの後に、逢わないことがあろうか、ありはしない。
〈3742〉
逢える日をいつとは知れないまま、永久の闇の中で、いつまで私は恋焦がれているのだろうか。
〈3743〉
旅といえば、言葉で言うのはたやすいが、その身になってみると、あなたに恋い焦がれてばかりいて、全くなす術がないことだ。
〈3744〉
愛しいあなたに恋い焦がれている私は、その苦しさのあまり、この短い命さえ、もう惜しくなどない。
| 鑑賞 |
前の5首に続き、中臣宅守が、配流地の越前国に着いて作った歌9首。3736の「一日一夜も」は、一日たりとも、一晩たりとも。「思はずてあるらむものと」は、(あなたのことを)思わないでいるだろうなどと。「思ほしめすな」は「思ふな」の尊敬態で、「思ほしめす」は「思ふ」の尊敬語「思ほす」にさらに尊敬の助動詞「めす」がが付いた形。3737の「人よりは」は、他の人よりは。「妹ぞも悪しき」は、妹のほうが悪い。「悪しき」は「ぞ」の係り結びで連体形。「思はしめつつ」は、嘆かせ続けて。一転して軽口めいた口調で、切ない思いを訴えています。
3738の「寝ればか」は疑問的条件法で、結句の「見ゆる」で結んでいます。「もとな」は、由なくも、むやみやたらと。「ぬばたまの」は、ぬばたま(ヒオウギ)の実が真っ黒なことから「夜」にかかる枕詞。「一夜も落ちず」は、一夜も欠かさず。3739の「恋ひむとかねて」は、恋うるだうと前もって。「知らませば」の「ませば」は、反実仮想。もしも分かっていれば。3740の「死にせめ」の「め」は推量で、上の「こそ」の係り結びで已然形。それまでの4首が女々しい愚痴ばかりであったのが、神の加護を信じて将来を頼む心境となっています。
3741の「命をし」「全くし」の「し」は、強意の副助詞。「全くし」は、無事である。「あり衣の」は、鮮やかな衣の、の意で、同音の「ありて」にかかる枕詞。「逢はざらめやも」の「や」は、反語。3742の「その日と知らず」は、いつの日とは知れずに。「常闇」は、永久の闇。3743の「言にぞ易き」は、言葉としてはたやすい。「少くも」は、強い否定、決してない。「術なけなくに」は、術がないではないのに。「少くも」でさらに否定して、全く術がない意としているもの。3744の「たまきはる」は「命」の枕詞。「惜しけく」は「惜し」のク語法で名詞形。宅守は、旅の道中で詠んだ4首(3727~3730)と越前国に着いて詠んだ14首(3731~3744)をまとめて都へ上る便に託しました。
斎藤茂吉は、「贈答歌を通読するに、宅守よりも娘子の方が巧みである。そしてその巧みなうちに、この女性の息吹をも感ずるので宅守は気乗りしたものと見えるが、宅守の方が受身という気配があるようである」と言い、また、3740、3742にあるように「天地の神」とか「常闇」とか詠い込んでいるのにそれほど響かないのは、おとなしい人だったのかもしれない、と言っています。
しかし一方では、娘子の歌は表現に誇張が過ぎるとしてしりぞけ、宅守の歌にこそ男の痛恨があるとみて評価する向きもあります。土屋文明は、前掲の娘子の歌への批判に続き、「宅守の歌は素直な心持がそのままに響いていて、娘子の歌の大げさなしなを作っているのとは趣きが違う」と言っています。こうした見方に対して詩人の大岡信は、「日本の和歌が、本質的・根源的に『女性』とは切っても切れない性質のものであったということを考えの中心に置かない限り、個々の和歌を見る見方も、必然的に片寄ったものになる」と反論しています。また、「娘子によるような芝居じみた表現が『万葉集』から失われてしまったら、何という心浮きたつことのない、陰気な歌集になってしまっただろう」とも。

土屋文明
明治23年(1890年)生まれの歌人・国文学者。東大哲学科卒。伊藤左千夫に師事し、斎藤茂吉とともに歌誌『アララギ』の編集に参加。社会化された民衆の生活の内面を表そうとする歌風で、歌集に『往還集』(1930年)、『山谷集』(1935年)などがある。また『万葉集』の研究でも知られ、著述に『万葉集私注』(1949~56年)などがある。
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大岡 信
昭和6年(1931年)生まれの詩人、評論家。歌人大岡博の長男。東大国文科卒。読売新聞社外報部記者を経て、明治大学、東京芸術大学で教鞭を執る。1979年から朝日新聞に連載した「折々のうた」で菊池寛賞を受賞。1995(平成7)年恩賜賞、日本芸術院賞受賞。1996年朝日賞受賞。1997年文化功労者。2003年文化勲章受章。詩集『春 少女に』などのほか、『紀貫之』『ことばの力』『正岡子規』『岡倉天心』など著書多数。
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万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |