| 訓読 |
事しあらば小泊瀬山(をはつせやま)の石城(いはき)にも隠(こも)らばともにな思ひ我(わ)が背(せ)
| 意味 |
二人の仲を妨げるようなことが起こったら、あの泊瀬山の岩屋に葬られるなら葬られるで、私もずっと一緒にいます。ですから心配なさらないで、あなた。
| 鑑賞 |
左注に「この歌には言い伝えがある」として次のような説明があります。ある時、一人の娘子がいた。父母に知らせず、ひそかにある男と交わった。男は女の両親の怒りを恐れ、だんだん弱気になってきた。そこで娘子はこの歌を作って男に贈り与えたという。「贈り与ふ」とあることから、ここも3803のように娘子の方が男より身分が高かったものと見られます。
「事しあらば」の「し」は強意の副助詞で、二人の結婚に何かの障害が起こったら。「小泊瀬山」の「小」は美称で、奈良県桜井市初瀬にある山。「泊瀬」は葬地として知られていて、泊瀬山は共同墓地となっていました。「石城」は、墓のことで、石室を連想させます。従って石城に葬られるのは、しかるべき身分の者に限られていたといいます。「隠らばともに」は、隠れるのであれば、あなたと一緒に。「な思ひ」の「な」は、懇願的な禁止。通常、禁止の「な~そ」という形が多い中で、この歌は「な思ひ」という形で終わっており、古い形の禁止・懇願の語法です。
この歌には類歌があり、『常陸風土記』に「こちたけば小泊瀬山の石城にも率て隠らなむ恋ひそ吾妹」という、男が女に言った歌が載っています。いわば「偕老洞穴」の誓いの歌ですが、ここの話の主旨は、歌が示すように、一度決心して踏み切った以上、男のようにおろおろしてはならぬ、娘子のきりっとした態度こそ大切だというものなのでしょう。また、いざとなった時の女の強さが際立つ歌でもあります。同じようなのに、安倍女郎による「我が背子は物な念ほし事しあらば火にも水にも我がなけなくに」(巻第4-506)という歌があります。

巻第16について
「由縁(ゆゑよし)有る雑歌」との題目があり、いわれのあるさまざまな歌が収められています。題詞や左注に作歌事情や縁起が記されており、また格式・形式にとらわれない愉快な歌が多くあります。収録歌数は104首で、巻第1に次いで少なく、第一次の成立時から次々に追補が行われて、最終的に独立した巻となったようです。
なお、この題目については、ある本に「有由縁幷雑歌」とあり、「有由縁幷せて雑歌」と読む説もあります。後半には由縁を欠く歌が並ぶため、後者の方が巻全体の内容をよく表しているようです。
また、和歌は和語で歌われるとを原則とし、漢語は排除されているのですが、巻第16は例外で、仏教語などの漢語が意識的に用いられた歌が何首か見られます。
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『万葉集』の主な注釈書
(全歌掲載、単独著者による。成立の古い順)
『万葉拾穂抄』 ・・・ 北村季吟(1625~1705年)
『万葉代匠紀』 ・・・ 契 沖 (1640~1701年)
『万葉集略解』 ・・・ 橘 千蔭(1735~1808年)
『万葉集古義』 ・・・ 鹿持雅澄(1791~1858年)
『万葉集新考』 ・・・ 井上通泰(1867~1941年)
『万葉集全釈』 ・・・ 鴻巣盛広(1881~1941年)
『万葉集評釈』 ・・・ 窪田空穂(1877~1967年)
『万葉集全注釈』・・・ 武田祐吉(1886~1958年)
『評釈万葉集』 ・・・ 佐佐木信綱(1872~1963年)
『万葉集私注』 ・・・ 土屋文明(1890~1990年)
『万葉集注釈』 ・・・ 沢濱久孝(1890~1968年)
『万葉集釈注』 ・・・ 伊藤 博(1925~2003年)
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