| 訓読 |
3816
家に有る櫃(ひつ)に鏁(かぎ)刺し収(おさ)めてし恋の奴(やつこ)がつかみかかりて
3817
かるうすは田廬(たぶせ)の本(もと)に我(わ)が背子(せこ)はにふぶに笑(ゑ)みて立ちませり見ゆ
3818
朝霞(あさがすみ)鹿火屋(かひや)が下(した)の鳴くかはづ偲(しの)ひつつありと告げむ子もがも
| 意味 |
〈3816〉
家にある櫃に鍵をかけ、しまい込んでいたはずの、あの面倒な恋の奴めがつかみかかって来て。
〈3817〉
二人で搗(つ)く韓臼(からうす)は田圃の伏屋の中にあり、私の愛しいあなたがにこにこと嬉しそうに立っていらっしゃる。
〈3818〉
鹿追い小屋の陰で鳴くカジカガエル、この蛙のように、恋しさに泣きくれて絶えずお慕いしていますと言ってくれる娘子がいたらなあ。
| 鑑賞 |
3816は、穂積皇子(ほづみのみこ)の歌。左注に、宴会が盛り上がってきたときに、好んでこの歌を詠み、お定まりの座興となさった、とあります。一説によれば、穂積皇子は「つかみかかりて」と歌いながら、宴席に侍って酒を勧める女性に不意に抱きついて驚かせ、場の座興にしていたのだろうとも言われています。「櫃」は、衣料や食品などを入れる蓋のついている木箱。「鏁刺し」は、鍵をかけること。「収めてし」は、しまっておいた、収めておいた。「恋の奴」の「奴」は賤民身分の男の使用人・奴隷のことで、ここでは自分を苦しめる「恋」を擬人化しています。当時かなり流行った言葉らしく、幾つかの歌にも用いられています。「つかみかかりて」は、不意に襲いかかってくる動作。制御不能な感情の暴走を視覚的に表現しています。
穂積皇子は、若いころの但馬皇女(たじまのひめみこ)との恋愛で有名な人ですが、不幸にみちた愛への懊悩からか、その後の皇子は恋をすることはなかったといいます。初老のころに若い坂上郎女をめとりますが、寵愛こそすれ、恋はしなかったのかもしれません。また、この歌を宴会で必ず詠じていたということは、あるいは自作の歌ではなく、当時流行っていた歌だったのかもしれません。
3817・3818は、左注に「河村王(かわむらのおおきみ)が、宴席で琴を弾きながら、まずこの歌を口ずさむのをお決まりの芸としていた」旨の記載があります。従って、必ずしも王自身の作とはいえません。河村王は、『続日本紀』から、宝亀8年に従五位下、同10年少納言、延暦元年阿波守、同7年右の大舎人頭、同8年駿河守、9年従五位上になったと知られます。
3817の「かるうす」は、韓臼か、あるいは意味未詳の枕詞と見て、単に「田圃の伏屋のそばに、私の愛しいあなたがにこにこと嬉しそうに立っていらっしゃる」と解するものもあります。「にふぶに」は、にこやかに。「立ちませり」は「立てり」の敬語。この歌について窪田空穂は、「部落生活をしている若い夫婦間の歌で、・・・夫婦とはいっても人目を忍ぶ仲で、女が白昼男の状態を見るのは稀れなので、男の田中の番小屋で籾を精(しら)げているさまを珍しげにいい、男もまた、女の近く来て立っているのが珍しく、相見て微笑し合った、その微笑の瞬間を捉えて女が歌にしているのである。それは、その微笑の中に説明し難い喜びを感じ合っているので、それをいうのが喜びの気分の全幅の表現だからである。・・・生活をたのしんでいる快い歌である」と述べています。しかし、さまざまな解釈があり、難解な歌です。
3818の「朝霞」は、掛かり方未詳ながら「鹿火屋」の枕詞。「鹿火屋」は、収穫前の田畑を荒らす鹿猪を追うための火を焚く小屋。焚く火から出る煙を、朝霞に見立てているのでしょうか。「かはづ」は、カジカガエル。上3句は「偲ひ」を導く序詞。「もがも」は、願望。蛙の声によって恋人を思い浮かべるというのは、現代の私たちから見れば不思議な感覚のように思えます。なお、上掲の解釈は「告げむ」の主格を娘子としましたが、作者と見る説もあります。2首とも農作業に関わる野小屋に寄せる歌で、この時代、田んぼが住居の近くに必ずあるわけではなく、遠くに田んぼを持っている場合には、耕作地の傍に仮小屋を建てて、そこに住んで農作業をするしかありませんでした。そういう生活が、ここの歌の背景にあります。

各巻の主な作者
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |