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巻第16(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第16-3822・3823

訓読

3822
橘(たちばな)の寺の長屋(ながや)に我(わ)が率寝(ゐね)し童女放髪(うなゐはなり)は髪(かみ)上げつらむか
3823
橘の照れる長屋(ながや)に我(わ)が率寝(ゐね)し童女(うなゐ)放髪(はなり)に髪(かみ)上げつらむか

意味

〈3822〉
 橘寺の僧坊長屋に私が連れ込んで寝たおかっぱ頭の少女は、もう一人前の女になって、髪を結い上げたであろうか。
〈3823〉
 橘の実の光り輝く長屋に私が連れ込んで寝た少女は、もう髪を結い上げたであろうか。

鑑賞

 3822は「古歌に曰はく」とある歌。「橘の寺」は明日香にあった橘寺のことで、聖徳太子建立の七ケ寺の一つとされます。「長屋」は僧坊長屋で、寺の奴婢などの住居。「童女放髪」は一語で、10歳前後のおぼこ娘の意。「童女」は、首筋で揃えた8歳くらいの童女の髪型、「放髪」は、14、5歳までの少女のお下げ髪のことで、「童女放髪」は、8、9歳から14、5歳までの少女を指します。「髪上げ」は、成人した女が、垂らした髪を結い上げること。「つらむか」は、しているだろうか。要は「昔、俺が連れ込んでヤッちゃった少女は、もう大人になっただろうか」という、まことにもってケシカランことを言っている歌です。

 なお、この歌の左注に
椎野連長年(しいののむらじながとし:伝未詳)による解説があり、そもそも寺の建物は俗人の寝られるところではない、また、成人した女を「放髪」というのであって、第4句で放髪と言い、結句で重ねて成人をあらわす語を言うのでは意味が通らないとしています。そして、正しくは、「橘の照れる長屋に我が率寝し童女 放髪に髪上げつらむか」(3823)だと定めています。「橘の寺の長屋」を、橘寺ではなく橘が照り映える長屋とし、「童女放髪」を2語と見て「童女、放髪に、髪上げつらむか」と改めていますが、これは曲解による改悪であるとする見方があります。そもそも僧坊と少女という、あってはならない取り合わせだからこそ刺激的であり、歌に生彩が与えられているのであって、長年が修正した歌では、面白味が全く消滅しています。しかも、元歌には「橘の寺」と明示しているのです。

 作家の
田辺聖子は、「お下げ髪の童女と若い僧であろうか、それとも寺に使われる堂童子でもあろうか、相手がうない髪の童女だけに卑猥感はなく、『我が率寝し』は強引に力ずくで迫ったのではない、童女が誘われて諾(うん)といって、ついてきたのである。・・・それらの思い出が『童女放髪は髪上げつらむか』という懐かしさになって唇にのぼってきたのだ。この歌を好んで伝えた庶民も、僧院の情事に低俗な好奇心を持ったというより、大らかな性愛に共感し、寛大になる、その心持を愛したのであろう」と述べています。

 ところで、この寺には、寄宿している僧や召使のための私的な部屋を集合した施設があったことが窺えます。あたかも江戸時代の長屋に似た居住形態のようで、寺に特有の施設だったかもしれませんが、狭い土地に大人数が住むためにくふうされたものであれば、寺以外でも設けられていた可能性があります。
 


『万葉集』を学ぶ意義

  1. 日本語・日本文化の源流を知る
    『万葉集』は、8世紀に編まれた日本最古の和歌集であり、日本語の成り立ちを知る上で極めて重要な資料です。当時の言葉づかいや表現から、「日本語の原型」や「感性の根源」を読み取ることができます。
  2. 古代人の心や生活への理解
    『万葉集』は宮廷歌集という位置づけであるものの、天皇、皇族、貴族のみならず、東歌・防人歌などの衆庶の歌も収められています。恋、自然、別れ、旅など、人々の思いが率直に表現されており、1300年以上前の人間の感情が、現代にも通じる普遍性をもって響きます。
  3. 文学としての美しさと表現力
    自然の描写や感情表現の豊かさは、後の『古今和歌集』や『源氏物語』などの古典文学に大きな影響を与えました。「ことばで情景を描く力」「短い詩で心を伝える美意識」など、日本文学の本質に触れられます。
  4. 現代社会とのつながり
    『万葉集』の価値観は、「自然との共生」「素直な感情の表現」「多様性の尊重」など、現代にも通じるテーマを含んでいます。また、令和という元号も『万葉集』の一節から取られたことで、再び注目を集めています。
  5. まとめ
    『万葉集』を学ぶことは、日本語の原点を知り、人間の普遍的な心を感じることです。それは単なる古典の学習ではなく、現代の私たちの生き方や感性を深める学びでもあります。

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古典に親しむ

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