| 訓読 |
3828
香(かう)塗(ぬ)れる塔(たふ)にな寄りそ川隈(かはくま)の屎鮒(くそぶな)食(は)めるいたき女奴(めやつこ)
3829
醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)きかてて鯛(たひ)願(ねが)ふ我(わ)れにな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)
3830
玉掃(たまはばき)刈(か)り来(こ)鎌麻呂(かままろ)むろの木と棗(なつめ)が本(もと)とかき掃(は)かむため
3831
池神(いけがみ)の力士舞(りきしまひ)かも白鷺(しらさぎ)の桙(ほこ)啄(く)ひ持ちて飛び渡(わた)るらむ
| 意味 |
〈3828〉
香を塗ったきれいな塔に近寄ってはならん。川隅にいる糞鮒(くそふな)を食っている汚い女奴よ。
〈3829〉
醤(ひしお)や酢にニンニクをつきまぜたタレに、鯛を漬けたのを食べたい私に、見せてくれるな、粗末な水葱(なぎ)の吸い物を。
〈3830〉
箒(ほうき)にするための玉掃(たまはばき)を刈って持ってきてくれ、鎌麻呂よ。むろとなつめの木の下を掃除するから。
〈3831〉
池の神が演じる力士舞とでもいうのだろうか。白鷺が桙を持つように枝をくわえて飛んでいくよ。
| 鑑賞 |
長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌8首とあるうちの後半4首。長忌寸意吉麻呂は、柿本人麻呂や高市黒人と同時代の人で、宮廷に仕えた下級官吏だったらしいものの、生没年未詳。行幸の際の応詔歌、羇旅歌、宴席で物名を詠み込んだ即興歌などを残しており、『万葉集』には、短歌14首が載っています。
3828は「香、塔、厠(かわや)、屎(くそ)、鮒(ふな)、奴(やつこ)を詠む」歌。「香塗れる塔」は、邪気を払い清浄にするため香木の粉末を塗っている塔。香を塗った仏塔。「な寄りそ」の「な~そ」は、禁止。「川隅」は、厠の屎が停滞する場所。当時の厠は川の上にあり、川に流れた屎が、川が曲がっている隅に停滞したのです。「屎鮒」は、その屎を食っているとして、鮒を卑しめた語。「いたき」は、甚だしい、ひどい。「女奴」は下女。清浄高貴な塔と不浄卑賎な女奴を取り合わせたのが眼目ですが、かなり品位を欠く歌となっています。
3829は「酢、醬(ひしお)、蒜(ひる)、鯛(たい)、水葱(なぎ)を詠む」歌。「醬」は、大豆と麦を混ぜて麹にしたものに塩水を加え貯蔵して作る調味料。当時は、酢も醬も高級なものだったといいます。「蒜」は、ニンニク、野蒜(のびる)などネギの一種。「水葱」は、ミズアオイで、安価な食材。「搗きかてて」は、(蒜を)すり潰して混ぜ合わせて。「鯛願ふ」は、豪華な鯛を食べたいと切望しているもの。「我れにな見えそ」は、私の前に現れないでくれ。「な〜そ」は禁止の表現。「水葱の羹」は、水葱を入れた熱い吸い物。美食への憧れをユーモアたっぷりに詠んでいます。
3830は「玉掃(たまはばき)、鎌(かま)、天木香(むろのき)、棗(なつめ)を詠む」歌。「玉掃」の「玉」は美称で、箒(ほうき)にする葦。「むろの木」は、杜松(ねず)の古名で、ヒノキ科の針葉樹。「棗」は、クロウメモドキ科の落葉小高木。「刈り来」は、刈ってきなさい。「鎌麻呂」は、人名とする説と鎌を擬人化したものとする説があります。「かき掃かむため」は、きれいに掃き清めるために。誰かの家の山斎を眺めながらの宴での歌だったかもしれません。「玉掃」「刈り来」「鎌麻呂」と、カ行の音が重なることで、小気味よいリズムが生まれています。
3831は「白鷺が木をくわえて飛ぶのを詠む」歌。「池神」は、池の神のほか、地名や寺の名とする説もあります。「力士舞」は、日本最初の舞楽である伎楽の一つで、仏教と共に伝わったことから仏教儀式に不可欠なものとされ、奈良時代の大仏開眼供養でも上演されました。内容は、美女を追う怪物を金剛力士が討つ様子を演じるもので、力士が怪物のマラ形(男根)を桙で落とし、それを桙に縛りつけて舞います。この歌は、その様子を白鷺が枝をくわえて飛ぶ様に見立てています。中国の六朝以来、流行した画賛に通じる歌であり、あるいは画賛の歌かもしれないとの指摘があります。「飛び渡るらむ」は、飛び渡っているのだろうなあ。

各巻の主な作者
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