| 訓読 |
3832
からたちの茨(うばら)刈(か)り除(そ)け倉(くら)建てむ屎(くそ)遠くまれ櫛(くし)造る刀自(とじ)
3833
虎(とら)に乗り古屋(ふるや)を越えて青淵(あをふち)に蛟龍(みつち)捕(と)り来(こ)む剣太刀(つるぎたち)もが
3834
梨(なし)棗(なつめ)黍(きみ)に粟(あは)つぎ延(は)ふ葛(くず)の後(のち)も逢はむと葵(あふひ)花咲く
| 意味 |
〈3832〉
カラタチの茨を刈り取って倉を建てよう。屎は遠くでやってくれ、櫛作りのおばさんよ。
〈3833〉
虎に乗って古屋を飛び越えて、青淵に棲む蛟龍(みづち)を生け捕りできる、そんな剣太刀がほしいものよ。
〈3834〉
梨(なし)、棗(なつめ)、黍(きび)に続いて粟(あわ)が実り、それからまた、延び続ける葛(くず)のようにその後も逢いたいと、葵(あおい)の花が咲いている。
| 鑑賞 |
3832は、忌部首(いむべのおびと)が数種の物を詠んだ歌。「名は忘失した」との注記がありますが、3848の忌部首黒麻呂(いむべのおびとくろまろ)と同一人とされます。同じ巻でありながらこうした不統一が生じているのは、この歌が違う編者によって追補されたためと見られています。黒麻呂は、天平宝字2年(758年)に外従五位下となった人。「茨」は、とげのある小木の総称。「まれ」は、大小便をすること。「刀自」は、主婦に対しての敬称。宴席で戯れに詠んだ歌とされますが、内容は当時の世相が窺えるものです。高床型の倉は、税として徴収した稲や武器などを保管する建物で、国家権力の象徴でもありました。その建設予定地であるカラタチの原で用を足している婦人に役人が声をかけます。「そこらへんは倉を建てるところだから、遠くでしろ」と。詠んだ数種の物とは「からたち・茨・倉・屎・櫛」の5つで、第1~3句にカラ・ウバラ・クラの末音、第3~5句にクラ・クソ・クシの頭音を揃えています。
3833は、境部王(さかいべのおおきみ)が数種の物を詠んだ歌。境部王は穂積親王の子とあり、『万葉集』にはこの1首のみですが、『懐風藻』に詩を2つ残しています。ここも各句1つずつ「虎・古屋・青淵・蛟龍・剣太刀」を詠んでおり、どうやら恐ろしいものを取り合わせた歌のようです。「虎」は日本にはいませんから、大陸伝来の絵図などから想像したのでしょう。古屋がなぜ恐ろしいのか疑問に思いますが、昔は、人が住まない古屋や廃屋には鬼が住むとして忌避され、「虎や狼より古屋の雨漏りのほうが怖い」という諺もあったといいます。「青淵」は深く水をたたえて青く見える淵。「蛟龍」は、水の霊で竜に似た想像上の動物。「蛟」は、蛇に似て4本足だといいます。
3834は、6種の植物を取り合わせた作者未詳歌。「黍に粟つぎ」は、黍に粟が続いて。「黍に粟」は、「君に逢はず」の意を掛けています。「延ふ葛の」は、長く這い伸びる葛のように。這う葛が別れてもまた逢う意で「後も逢はむ」にかかる枕詞。「葵(あふひ)」は「逢ふ日」を掛けています。植物の名前を借り、その掛詞によって「君に逢いたい」という気持ちを滑り込ませています。宴歌として詠まれたものかもしれず、その技巧などから見て、知識人の作と見られています。

各巻の主な作者
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