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巻第16(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第16-3870~3874

訓読

3870
紫(むらさき)の粉潟(こかた)の海に潜(かづ)く鳥(とり)玉潜き出(で)ば我(わ)が玉にせむ
3871
角島(つのしま)の瀬戸(せと)のわかめは人のむた荒かりしかど我(わ)れとは和海藻(にきめ)
3872
我(わ)が門(かど)の榎(え)の実(み)もり食(は)む百千鳥(ももちとり)千鳥(ちとり)は来(く)れど君ぞ来(き)まさぬ
3873
我(わ)が門(かど)に千鳥(ちとり)しば鳴く起きよ起きよ我(わ)が一夜夫(ひとよづま)人に知らゆな
3874
射(い)ゆ鹿(しし)を認(つな)ぐ川辺(かはへ)のにこ草(ぐさ)の身の若(わか)かへにさ寝(ね)し子らはも

意味

〈3870〉
 粉潟(こがた)の海に潜ってあさる鳥が、真珠をくわえて出てきたら、それは私の玉にしてしまおう。
〈3871〉
 角島の瀬戸のわかめは、人の前では荒々しいけれど、私の前では柔らかいわかめ。
〈3872〉
 私の家の門口に立つ榎(えのき)の実をついばむ鳥たちはたくさん集まってくるけど、あなたは一向にいらっしゃらない。
〈3873〉
 もう門のところには、多くの鳥がしきりに鳴いて夜が明けました。あなたよ、起きて起きて。私がはじめてお逢いしたあなたよ、人に知られずにお帰りください。
〈3874〉
 射られた手負い鹿の跡を追っていくと、川辺ににこ草が生えていた。そのにこ草のように若かった日に、あの子と寝たのが忘れられない。

鑑賞

 3870の「紫の」は「粉潟」の枕詞。紫はその根を粉末にして染料にするので、その粉の意か。「粉潟」は所在未詳ながら、巻第12-3166に「越の海の子難(こがた)の海の島ならなくに」とあるので、越の海のどこかではないかとする説があります。一方、前歌群や次歌との配列から見て、筑前圏に関係する歌であろうとする見方もあります。「潜く鳥」は、餌をとるために海に潜る鳥。「玉」は真珠で、女性の比喩。すると、「潜く鳥」は、娘を育てる母親あるいは仲介者を意味していると考えられます。中央官人の旅の歌かもしれません。

 3871の「角島」は、山口県の西北端にある島で、牛の角のように2つの岬が突き出ているところから、この名が付いたとされます。『延喜式』に「角島牛牧」とあって官牧が行われたところです。この海域も志賀の海人たちの漁撈領域であったと考えられます。「瀬戸」は、狭い海峡。「わかめ」は、ワカメと若妻を掛けています。「人のむた」は、人と共にあれば。「荒かりしかど」は、食べての舌触りが荒かったことに、態度が荒々しかったことを喩えています。「和海藻」は、柔らかい海藻、ワカメ。角島に住んでいる男が、土地の若い娘を得ようとして他の男たちと競い、我がものとしたのを喜んでいる歌です。

 3872は、女が男を待つ歌、3873は、女が男を送り出す歌。3872の「もり食む」は、もいでついばむ意か。「百千鳥」「千鳥」は多くの鳥。「榎」が歌われていますが、『万葉集』の中で、榎を詠んだ歌はこの1首のみです。秋にはたくさんの丸い実がなり、その実を目当てに多くの鳥が集まってきます。ここは、女好きの男が大勢寄って来る譬えとなっています。「来まさぬ」は「来ぬ」の敬語。3873の「一夜夫」は、一夜だけ床を共にした行きずりの男、あるいは初めて一夜を共寝した夫。「知らゆな」の「ゆ」は、受身、「な」は、禁止。浮気の発覚を心配する女が、早々に男を追い出そうとする歌になっています。ここの歌は、何故に「由縁」ある歌とされたのかよく分からないという見方がありますが、伊藤博は、「2首相寄ってしたたかな女を語って、ひとかどの由緒を持つといえる」と述べています。

 3874は、年配の男の歌。上3句は「身の若かへに」を導く序詞。「射ゆ鹿」は、矢で射られた手負いの鹿。この時代、鹿狩りは、天皇から狩人まで上下の身分を問わず好まれた狩猟でした。「認ぐ」は、足跡を追っていく。「にこ草」は、若くてやわらかい草。上3句は「身の若かへに」を導く譬喩式序詞。「若かへ」は他に例がなく語義未詳ながら、若いころの意か。「さ寝し」の「さ」は、接頭語。「子らはも」の「子ら」は、複数形ではなく男性が女性を親しんで呼ぶ語。二度と戻らない、青春時代の恋人との甘美な思い出に浸っている歌です。第2句の「認ぐ」には目当ての女性を追い求めて行く意が寓されており、「にこ草」は、結句の「さ寝し」とある共寝の床をにおわせているとされます。草に共寝を歌う歌は、集中に多く見られます(巻第7-1276・1277・1286・1291、巻第14-3479・3489・3499など)。また、古老が若き日を偲んで詠んだ歌は、巻第16のはじめの竹取の翁の歌が代表的なもので、他に巻第7-1283,巻第10-1884・1885、巻第14-3385などがあります。
 


たび(旅)

 自らの本来属すべき場所、すなわち、人の魂が最も安定し安らぐ場所である「家・家郷」を離れる状態をいう。『万葉集』には、「旅寝」「旅人」などの複合語を含めると百例を越す用例が見られる他、「羇旅(きりょ)歌」「羇旅作」「羇旅発思」等の題詞や分類標目のもとに、数多くの旅の歌が載せられており、タビは万葉びとにとって、作歌の主要な契機の一つであったことが知られる。それはタビという状況が、非日常の不安定な状況であり、歌によって魂の安定を幻想する必要があったゆえであろう。

 古代におけるタビという語の意味領域は、現代の私たちの「旅・旅行」よりもはるかに広かった。「秋田刈る旅の廬に時雨降り」(巻第10-2235)などでは、農作業のために仮小屋に泊まり込むことをタビと呼んでおり、かなり遠方まで出かけることを意味する現代の旅の概念とはかなり異なっていたことを示している。

 ただし一方で、「旅と言(へ)ど真旅(またび)になりぬ」(巻第20-4388)と、通常のタビに対して本格的なタビを「真旅」と呼ぶ例も見られ、当時においても、軽微な旅と本格的なタビとを区別する概念はあったようである。 

~『万葉語誌』から抜粋引用

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