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巻第16(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第16-3881~3884

訓読

3881
大野道(おほのぢ)は茂道(しげち)茂路(しげみち)茂(しげ)くとも君し通(かよ)はば道(みち)は広けむ
3882
渋谿(しぶたに)の二上山(ふたがみやま)に鷲(わし)ぞ子(こ)産(む)といふ 翳(さしは)にも君のみために鷲(わし)ぞ子(こ)産(む)といふ
3883
弥彦(いやひこ)おのれ神(かむ)さび青雲(あをくも)のたなびく日すら小雨(こさめ)そほ降る [一云 あなに神さび]
3884
弥彦(いやひこ)神(かみ)の麓(ふもと)に今日(けふ)らもか鹿(しか)の伏(ふ)すらむ皮衣(かはころも)着て角(つの)つきながら

意味

〈3881〉
 大野へ続く道は茂りに茂っているけれど、あなたがこうしてしげしげと通っておいでになれば、道はきっと広がるでしょう。
〈3882〉
 渋谷の二上山に鷲が子を産むといいます。翳(さしは)にでもなって君のお役に立とうと、鷲が子を産むといいます。
〈3883〉
 弥彦の山はおのずと神々しくて(ほんとうに神々しくて)、青雲のたなびくこんな晴れた日ですら、小雨がしとしとと降っている。
〈3884〉
 弥彦の山の麓では、今日もまた鹿がひれ伏しているだろうか。毛皮の着物を着、角を立てたまま。

鑑賞

 越中(こしのみちなか)の国の歌4首。「越中」は富山県。3881の「大野」は、礪波(となみ)郡大野の地とされます。女による誘い歌のようですが、本来は女の恋歌で、通ってくる男の身分や勢いを讃えた歌だったのを、新任の国守を迎えた郡司などが歓迎ぶりを表すために利用した歌といわれます。国守を歓迎し賛美するに相応しいものになっています。

 3882は、旋頭歌形式(5・7・7・5・7・7)の歌。「渋谿」は、越中国府の北、高岡市の海岸で、二上山の麓にあたります。「二上山」は、国府の傍の小山。「翳」は、貴人の後ろや左右からさしかける柄の長い団扇。郡司たちがその地で捕った鷲の羽毛で作った翳を国守のためにしつらえ、それを題材に歌って讃えたものでしょうか。この歌について窪田空穂は、「二上山に鷲の卵を見出したという珍しい噂の立った時、その国の何者かが、それを領主の瑞兆であるとして、その心をいったものである」と説明しています。

 3883の「弥彦」は、新潟県西蒲原郡にある山で、もと信濃川以西は越中に所属していましたが、大宝2年(702年)に越中の4郡を越後所属に変更しています。この地は古来、地元の農漁民の信仰を集めたところで、東麓にある弥彦神社は越後一の宮と称され、北国街道に沿って門前町をなしています。「おのれ」は、自然に、おのずから。「神さび」は、神々しいさま。「青雲」は、青天に薄くたなびく灰色がかった雲。当時の「青」は、黒と白の中間色を漠然と指していたらしく、緑、藍から灰色までをも含む色とされました。この「青雲」は雨雲ではなく、聖なる山には、晴れの日でも、天つ水すなわち天の呪力を宿す小雨が降ることを歌っています。

 3884は、『万葉集』唯一の仏足石歌体の歌(5・7・5・7・7・7)。弥彦の神に詣でた人が、鹿が伏すようすを、神に仕えるため畏まって平伏していると見ています。「今日らもか」の「ら」は、接尾語。「伏すらむ」の「らむ」は、現在推量。前歌とともに弥彦の神のあらたかさに畏まる歌であり、3883は山を眼前にしての詠、3884は山を想像しての詠という形になっています。
 


さぶ ・さぶし

 サブとは、対象が始原の状態のままにあることを讃美する言葉である。始原の状態とは、あるべき理想の状態と言い換えてもよい。このようなサブは、単独で現れるよりも、「・・・さぶ」のように、接尾語的に用いられることが多い。その場合は、そのもの本来の属性がありありと現れる意になる。「神さぶ」「娘子(をとめ)さぶ」「男(をとこ)さぶ」「貴人(うまひと)さぶ」などの例がそれにあたる。「神さぶ」は、神が神のままの本性をさながらに示す意。神々しいという訳語が宛てられることが多い。「娘子さぶ」「男さぶ」は、娘子らしさ、男らしさをあるべき理想の姿の現れとして捉えた言葉である。娘盛り、男盛りの華やかさを表現する。「貴人さぶ」は、いかにも高貴な身分の人らしく見えることをいう。ただし、場合によっては揶揄の意味を示すこともある。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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