| 訓読 |
4008
あをによし 奈良を来離(きはな)れ 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にはあれど 我(わ)が背子(せこ)を 見つつし居(を)れば 思ひ遣(や)る こともありしを 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み 食(を)す国の 事取り持ちて 若草の 足結(あゆ)ひ手作(たづく)り 群鳥(むらとり)の 朝立ち去(い)なば 後(おく)れたる 我(あ)れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留(とど)めもかねて 見渡せば 卯(う)の花山の 霍公鳥(ほととぎす) 音(ね)のみし泣かゆ 朝霧(あさぎり)の 乱るる心 言(こと)に出でて 言はばゆゆしみ 砺波山(となみやま) 手向けの神に 幣(ぬさ)奉(まつ)り 我(あ)が乞(こ)ひ祷(の)まく はしけやし 君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月立たば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見(あひみ)しめとぞ
4009
玉桙(たまほこ)の道の神たち幣(まひ)はせむ我(あ)が思(おも)ふ君をなつかしみせよ
4010
うら恋(ごひ)し我(わ)が背(せ)の君はなでしこが花にもがもな朝(あさ)な朝(さ)な見む
| 意味 |
〈4008〉
奈良を離れて来て、遠い田舎ではあるけれども、親愛なあなたにお逢いしているので、思いを晴らすことありましたのに、天皇の御命令をいただき、そのお治めになる国の政務を果たすべく、足結いを結び、朝出立して行かれたならば、残された私の方が悲しいでしょうか。旅行くあなたの方が恋しがられるでしょうか。心が安らかではないので、この嘆きをとどめかねて見渡しますと、卯の花の咲く山のホトトギスのように声をあげて泣かれるばかりです。乱れる心を言葉に出すの憚られますので、砺波山の神に幣をささげてお祈りするのは、愛しいあなたその人に、ずっと神のご加護を得て無事で旅されますように、と。そして来月になれば時も移さずナデシコの花の盛りになる頃に逢わせて下さい、と祈ることです。
〈4009〉
道の神々には捧げ物をしましょう。私の思うお方をどうか親しみ大切にして下さい。
〈4010〉
慕わしい親愛なあなたがナデシコの花であってほしいものだ。毎朝見られるのに。
| 鑑賞 |
大伴池主の歌。この前の家持の歌(4006~4007)に和えつつ、送別にあたっての思いを述べたものです。4008の「あをによし」は「奈良」の枕詞。「来離れ」は、離れて任地に来て。「天離る」は「鄙」の枕詞。「思ひ遣る」は、憂いや苦しみを晴らす。「大君の 命畏み」は、天皇の御命令を恐れつつしんで。「食す国の事取り持ちて」は、天皇の御領国の政務を取り扱って。「若草の足結ひ」の「若草の」は「足結ひ」の材料として言っているものか。「足結ひ」は、旅行や狩りなどの時に行動しやすくするため、袴を膝の下で結ぶ紐。「手作り」の「手」は接頭語、「作り」は装うこと。「群鳥の」は「朝立ち」の枕詞。「後れたる我れや悲しき」は、後に残った私の方が悲しいのでしょうか。「や」は、疑問の係助詞。「旅に行く君かも恋ひむ」は、旅に行くあなたの方が私を恋うるのでしょうか。「かも」は、疑問の係助詞。「思ふそら」の「そら」は、気持、心地。「嘆かく」は「嘆く」のク語法で名詞形。「見渡せば卯の花山の霍公鳥」は「音のみし泣かゆ」を導く譬喩式序詞。「音のみし泣かゆ」は、声に立てて泣かれるばかりだ。「朝霧の」は「乱る」の枕詞。「砺波山」は、越中と越前の国境にあり、倶利伽羅峠のある山。「我が乞ひ祷まく」は、私が乞い祈ることには。「祷まく」は「祷む」のク語法で名詞形。「はしけやし」は、愛しい、愛すべき。「君が直香を」は、あなたその人を。「直香」は、その人自身、本体。「ま幸く」は、無事で。「ありた廻り」の「あり」は、ずっと、そのまま。「た廻り」は、巡って。「月立たば」は、月が変わったら。「時もかはさず」は、時も移さずの意で、すぐに。「相見しめとぞ」は、逢わせて下さいと。下に「祈ることです」が略されています。
4009の「玉桙の」は「道」の枕詞。「道の神たち」は、都までの道中の行く先々の神たち。「幣はせむ」は、捧げ物をしよう。「なつかしみせよ」は、親しく大切にせよ、の意。4010の「うら恋し」は、心から慕わしい、の意。連体格で「我が背の君」にかかります。「朝な朝な」は、アサナアサナの約で、毎朝。「な」は「朝な夕な」「夜な夜な」のような時間を表す語の並列形に付いて副詞的用法を作る接尾語。
左注に5月2日の日付があり、家持はこの歌を見て、間もなく上京の旅に出たものと見られます。次の歌は9月26日の日付のある歌であり、その間の5か月近くは空白になっています。

枕詞の「あをによし」について
『万葉集』に27例あり、うち26例が「奈良」に、1例が「国内(国中の意)」にかかる枕詞となっていますが、語義・かかり方とも未詳とされます。「よし」は詠嘆の複合助詞で、奈良およびその周辺から良質の青土(あおに)を産出したことから、褒め言葉としての枕詞ができたとする説があります。用字は多く「青丹」とあるので、青や丹の色の美しい都を讃える意識で用いられたのかもしれません。なお、奈良が旧都となった平安京以降の八代集には「あをによし」の枕詞は確認できません。
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