| 訓読 |
4011
大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)そ み雪降る 越(こし)と名に負(お)へる 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にしあれば 山高み 川とほしろし 野を広み 草こそ繁(しげ)き 鮎(あゆ)走る 夏の盛りと 島つ鳥(とり) 鵜飼(うかひ)が伴(とも)は 行く川の 清き瀬ごとに 篝(かがり)さし なづさひ上(のぼ)る 露霜(つゆしも)の 秋に至れば 野も多(さは)に 鳥すだけりと ますらをの 伴(とも)誘(いざな)ひて 鷹(たか)はしも あまたあれども 矢形尾(やかたを)の 我(あ)が大黒(おほぐろ)に [大黒といふは蒼鷹の名なり] 白塗(しらぬり)の 鈴(すず)取り付けて 朝狩(あさがり)に 五百(いほ)つ鳥立て 夕狩(ゆふがり)に 千鳥(ちとり)踏み立て 追ふごとに 許すことなく 手放(たばな)れも をちもかやすき これをおきて またはありがたし さ並べる 鷹はなけむと 心には 思ひ誇(ほこ)りて 笑(ゑ)まひつつ 渡る間(あひだ)に 狂(たぶ)れたる 醜(しこ)つ翁(おきな)の 言(こと)だにも 我(わ)れには告げず との曇(ぐも)り 雨の降る日を 鳥狩(とが)りすと 名のみを告(の)りて 三島野(みしまの)を そがひに見つつ 二上(ふたがみ)の 山飛び越えて 雲隠(くもがく)り 翔(かけ)り去(い)にきと 帰り来て しはぶれ告(つ)ぐれ 招(を)くよしの そこになければ 言ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ 思ひ恋ひ 息づき余り けだしくも 逢ふことありやと あしひきの をてもこのもに 鳥網(となみ)張り 守部(もりへ)をすゑて ちはやぶる 神の社(やしろ)に 照る鏡 倭文(しつ)に取り添へ 祈(こ)ひ禱(の)みて 我(あ)が待つ時に 娘子(をとめ)らが 夢(いめ)に告(つ)ぐらく 汝(な)が恋ふる その秀(ほ)つ鷹(たか)は 松田江(まつだえ)の 浜(はま)行き暮らし つなし捕る 氷見(ひみ)の江(え)過ぎて 多祜(たこ)の島 飛びたもとほり 葦鴨(あしがも)の すだく旧江(ふるえ)に 一昨日(をとつひ)も 昨日(きのふ)もありつ 近くあらば いま二日(ふつか)だみ 遠くあらば 七日(なぬか)のをちは 過ぎめやも 来(き)なむ我(わ)が背子(せこ) ねもころに な恋ひそよとそ いまに告(つ)げつる
4012
矢形尾(やかたを)の鷹(たか)を手にすゑ三島野(みしまの)に狩らぬ日まねく月そ経(へ)にける
4013
二上(ふたがみ)のをてもこのもに網さして我が待つ鷹を夢(いめ)に告(つ)げつも
4014
松反(まつがへ)りしひにてあれかもさ山田の翁(をぢ)がその日に求めあはずけむ
4015
心には緩(ゆる)ふことなく須加(すか)の山すかなくのみや恋ひ渡りなむ
| 意味 |
〈4011〉
ここは都から遠く離れた大君のお役所。雪が降り積もる越の国の、その名にふさわしい田舎なので、山が高くて、川は雄大。野は広く、草が茂りに茂っている。鮎が走る夏の盛りになると、鵜を操る鵜飼いたちが、ほとばしる川の清らかな瀬ごとに篝火をたき、流れをしのいで上っていく。
そして露霜が降りる秋ともなれば、野も鳥たちでいっぱいになるというので、男仲間を誘って鷹狩りをする。鷹といえば数々いるけれど、矢形尾(やかたお)の我が大黒(大黒とは鷹の名前である)は自慢の鷹。その大黒に白塗りの鈴を取り付けて、朝猟にたくさんの鳥たちを追い立て、夕猟には千鳥を追い立てて、追うたびに取り逃がすことなく、手を離れるのも手に舞い戻るのも思いのまま。大黒のような鷹は他に得難い。これほど手慣れた鷹はほかにないだろうと、心中得意になってほくそ笑んでいた。そんなとき、間抜けなろくでなしの爺(じじ)いが、私に一言の断りもなく、空一面に曇った雨の降る日なんかに、他の者に鷹狩りするとだけ告げて出かけた。その挙句、爺いは「大黒は三島野を後にして二上山を飛び越え、雲の彼方に飛んで行ってしまいました」と、帰ってきて咳き込みながら告げた。しかし、大黒を呼び戻す方法も思い浮かばず、どう言っていいかもわからない。心中は烈火のごとく燃えさかったものの、惜しくて惜しくてため息がでるばかりだった。それでも、ひょっとして見つかるかもしれないと、山のあちこちに鳥網を張り、見張りをつけて、山を祀る神社に照り輝く鏡に倭文織物を取り添えて祈り続けた。こうしていると、一人の娘子が夢に出てきて告げてくれた。「あなたが恋い求める鷹は、松田江の浜を跳び続け、つなし漁をする氷見の入り江を過ぎ、多古の島辺りを飛び回り、葦鴨が群れる古江に一昨日も昨日もいました。早ければもう二日ほど、遅くとも七日の内には戻って来ますよ、そんなに恋い焦がれなさらなくとも」と。
〈4012〉
矢形尾の鷹を手に乗せて、三島野で猟をあることのない日が重なり、とうとう月が変わってしまった。
〈4013〉
二上山のあちらこちらに網を張って私が待っている鷹、その鷹のことを夢に告げられた。
〈4014〉
山田の爺いがボケていたので、その日のうちに鷹を探し出せなかったのだろう。
〈4015〉
心の中では悲しみが薄らぐこともなく、須加の山の名のように、すっかりしょげかえって逃げた鷹を恋い続けている。
| 鑑賞 |
大伴家持が、逃げた鷹を恋い慕い、夢に見て嬉しくなって作った歌。家持が大切にして飼っていた自慢の鷹を、鷹番の山田史君麻呂という間抜けな爺さんが、家持の許可を得ずに持ち出し、誤って逃がしてしまいました。家持は爺さんを罵り、悲しみにくれますが、夢の中に現れた娘子から、「国守さま、苦しみ悩むのはおやめなさい。逃げてしまった鷹を捕まえることができるのは、そんな先のことではないでしょう」と告げられ、嬉しくなった、そこで恨みを忘れる歌を作った、というものです。結局、鷹が戻って来たかどうかは分かりません。たぶん戻って来なかったのでしょう。
4011の「遠の朝廷」は、都を遠く離れた天皇の行政官庁の意で、国庁を尊んでの称。「み雪降る」の「み」は接頭語で、「越」を説明した枕詞的用法。「天離る」は「鄙」の枕詞。「山高み」のミ語法は一般に原因理由を表しますが、ここは下の「野を広み」との並立。「とほしろし」は、雄大の意。「島つ鳥」は「鵜飼」の枕詞。「鵜飼が伴」は、鵜飼を職とする人々。「篝さし」は、篝火を焚き。「なづさひ」は、水に浸かり難渋しながら。「野も多に鳥すだけりと」は、野原いっぱいに鳥が集まっているとて。「露霜の」は「秋」の枕詞。「矢形尾」は、尾の羽が矢の羽の形をしている意のほか諸説あります。「大黒」は、鷹の名。「白塗の鈴」は、銀メッキをした鈴で、尾に取り付け、音によって鷹の行方を知るためのもの。「許すことなく」は、取り逃がすことなく。「手放れもをちもかやすき」の「手放れ」は、手から離れること。「をち」は、元へ戻ること。「かやすき」の「か」は接頭語で、容易である、の意。「さ並べる」は、並びうる。「心には思ひ誇りて」は、心中自慢に思って。「渡る間に」は、過ごしている間に。「狂れたる醜つ翁」は、間抜けなろくでなしの爺のような意。「言だにも」は、ひと言も。「鳥狩りすと名のみを告りて」は、鷹狩をするとほんの形だけ言って。上の「言だにも我には告げず」との関係がはっきりしない記述となっています。「三島野」は、国庁から15、6km南の地とされます。「そがひに見つつ」は、後ろに見ながら。「しはぶれ告ぐれ」は、咳き込みながら告げたけれども。「招くよし」の「よし」は、手段。「息づき余り」は、ため息をつくあまりに。「あしひきの」は普通は「山」の枕詞ですが、ここは山(二上山)の意に用いています。「をてもこのもに」は、あちらこちらに。「守部をすゑて」は、番人を置いて。「ちはやぶる」は「神」の枕詞。「倭文に取り添へ」は、倭文織りの幣に添えて。「倭文」は、日本古来の織物。「娘子らが夢に告ぐらく」の「告ぐらく」は、名詞形。「松田江」は、渋谿と氷見の間の海岸。「つなし捕る」は「氷見の江」の枕詞。「つなし」は、このしろの幼魚。「氷見の江」は、氷見の海と 布勢の水海とをつなぐ水路。「多祜の島」は、布勢の水海の東南部にあった島とされます。「いま二日だみ」は、もう二日ほど。「遠くあらば」は、上の「近くあらば」に対比させたもので、遅くとも、の意。
4012の「まねく」は、多く。4013の「をてもこのもに」は長歌にもあった句で、東歌に2例ある表現。家持が自作に活かしたものと見られます。「網さして」は、網を張って。4014の「松反り」は「しひにて」の枕詞。語義・かかり方未詳。「しひにてあれかも」は、老いぼれてしまったのか、の意。「さ山田の翁」の「さ」は接頭語で、鷹を逃がした山田君麻呂のこと。4015の「緩ふことなく」は、鷹を惜しむ気持ちが薄らぐことなく。「須加の山」は「すかなく」の同音反復的枕詞。長歌では激しく憤っていた家持ですが、反歌4首では、徐々に沈静していった推移が窺えるものになっています。
鳥狩(とがり)とも呼ばれる放鷹(ほうよう)は、仁徳天皇の時代に伝来したとされ、『日本書紀』には、天皇が鷹を司る役所を置いて、鷹を調教させたことが記されています。広い狩猟場や高価な鷹、それを飼育・訓練する鷹匠などが必要となるため、天皇や上流貴族のみの遊興であり、ふつうの役人や庶民にとっては高嶺の花でした。家持も、こよなく鷹を愛し、可愛がっていたことが窺えます。

しこ(醜)
穢(けが)らわしさを含む醜悪さを意味する語。そこから転じて、頑強さを表す。相撲の力士の名を「醜名(しこな)」と呼ぶのは、そこに由来する。シコは本来異界の属性であり、その背後にはこの世の秩序を超えた異常な力が感じ取られている。しばしば対象への罵りの言葉として用いられるが、その場合も、単なる卑下ではなく、現在の否定的な状況を打開する力の発動がどこかに期待されている。また、シコは頑強さから転じて、頑固で愚鈍な様をも表す。類義語のミニクシ(醜し)は、ミ(見)+ニクシ(憎し)で、見る気持ちが阻害されるほど容貌が醜い様を意味しており、背後に異界の威力が感じ取られることはない。
『万葉集』に見えるシコは、多く格助詞ノ・ツを伴う「醜の」「醜つ」の形で名詞に冠する。実質的な醜悪さや頑強さを表すよりも、卑下や罵りの言葉としての意味合いが強い。
~『万葉語誌』から引用
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