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巻第18(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第18-4061~4064

訓読

4061
堀江(ほりえ)より水脈引(みをび)きしつつ御船(みふね)さす賤男(しづを)の伴(とも)は川の瀬(せ)申せ
4062
夏の夜(よ)は道たづたづし船に乗り川の瀬ごとに棹(さを)さし上(のぼ)れ
4063
常世物(とこよもの)この橘(たちばな)のいや照りに我(わ)ご大君(おほきみ)は今も見るごと
4064
大君(おほきみ)は常磐(ときは)にまさむ橘(たちばな)の殿(との)の橘ひた照りにして

意味

〈4061〉
 堀江を通り水脈を後に引きながら、御船の棹を操っている下々の者どもよ、川の瀬によく注意してお仕えせよ。
〈4062〉
 夏の夜は暗くて足元がおぼつかない。引き船をやめて船に乗り、流れの速い瀬ごとに棹をさして漕いで上れよ。
〈4063〉
 常世の国の物であるこの橘の実のように、いよいよ照り輝いて我が大君は、今お見受けするように永久にいませよ。
〈4064〉
 大君はいつまでも変わらずおわしますことでしょう。橘家の御殿の前にある橘の木の実がひたすらに照り輝いていて。

鑑賞

 4061・4062は、元正太上天皇が、夏、難波堀江に納涼などなされ、御船が綱手(つなで=船につないで引く綱)で川をさかのぼり、遊宴した時の歌。作者名は記されていないものの、供奉していた官人で、御船の責任者となっていた人と見られています。4061の「水脈」は、水の流れる筋の意ですが、ここは航跡のこと。「水脈引く」を、水先案内をする意と見る説もあります。「御船さす」は、棹さして御船を進める意。「賤男の伴」は、水夫たち。「川の瀬申せ」は、川の浅瀬によく注意してお仕え申せ、の意。

 
4062の「道たづたづし」は、道がはっきりしなくて心細い、足元や進路が見えづらく危うい。御船につけた綱を曳きながら川岸を上って行く者に対して、道が暗くて、足もとの危ないことを言ったもの。「船に乗り」は、川岸の道を行くのをやめて船に乗れと言ったもの。「川の瀬ごとに」は、川の浅瀬(流れが急で浅い場所)ごとに。「棹さし上れ」は、棹をしっかりと突いて、川をさかのぼって進め。

 4056からここまでの歌がこの位置に配されているのは、その前にある、天平20年(748年)3月26日の、
久米広縄の館での宴(4052~4055)において披露されたことによります。伝誦者はいずれも客人の田辺福麻呂であり、福麻呂は橘諸兄の配下にあったためにこの7首を知っていました。翌3月27日の帰京を控えての送別の宴で都のことが話題になる中、特に家持と福麻呂の精神的支柱であった元正上皇や橘諸兄のことなどに話題が及び、おそらくは家持の要請によって披露したものと見られています。作者名のない4061・4062は、あるいは福麻呂の作かとも言われます。

 4063・4064は「後に橘の歌に追ひて和(こた)ふる」とある、
大伴家持の歌。4063の「常世物」は、常世の国の物であるで、下の橘を修飾したもの。『古事記』の垂仁天皇の巻に、田道間守(たじまもり)を常世の国に遣わし、橘を持ち帰らせたという伝承が載っています。4064の「常磐」は、永久に変わらぬもの、の意。「橘の殿の橘」の上の「橘」は橘家、下の「橘」は橘の実。「殿」は、元正上皇の御座所。「ひた照り」の「ひた」は、ひたすら。いずれも橘家での宴歌4058~4060に対して和したもので、橘家ゆかりの橘の実に寄せて、元正上皇の永久不変を寿いでいます。上皇を表立ててはいますが、橘家あってこそ大君の長久不変があるという主旨が含まれています。


(元正天皇)

男系天皇と女系天皇

 掲題について、古典文学研究者の小名木善行氏が述べられている文章を引用させていただきます。

 ――女性が天皇になることはありますが、なぜ男系であることが重視されてきたのかには理由があります。それは、わが国では古代から「人の肉体(身)には霊(ひ)が宿る」とされてきたことによります。別な言い方をすると「肉体には必ず魂が宿る」のです。つまり女性の「身」が、赤ちゃんを産みます。その赤ちゃんに「霊」を授けるのが男性の役目です。

 すこしきわどい話になりますが、古代の考え方ですのでご容赦ください。男性は「たま」で「魂(たま)」を作ります。その「魂」を女性の胎内に挿し入れることで、女性のお腹の赤ちゃんは魂を授かります。皇統は、わが国最高の天照大御神から続く御神霊の流れです。それが天皇が国家最高権威とされる最大の要素です。ですから皇統というのは「身」の血統ではなくて、霊の血統です。そして霊は男性が授けるものですから、男系であることが天照大御神からの霊統を保持する最大の要素になります。皇位を継ぐ人が女性であっても構いません。なぜなら女性の身で生まれてきたとしても、男系の父から霊を受け継いでいれば良いからです。これが女性天皇が歴史上に存在する理由です。

 ところがその女性が、他の家系の男性と結婚して子が生まれると、その子は天照大御神からの霊統ではなく、別な霊統の霊を授かったことになります。つまり、天照大御神からの霊統が途切れます。これが女系天皇で、歴史上、わが国に女系天皇が誕生したことは一度もありません。近年ではこのことの正しさが、Y遺伝子の継続ということから理論的にも証明されるようになりましたが、古代の人たちはY遺伝子などわからなくても、それに代わる知恵と論理の構成をちゃんと持っていたのです。

 (中略)ちなみにこの仕組ですと、女性であれば、身分の上下や出自を問わず、誰でも天皇の妻になり、その日から皇族の一員となれることを意味します。一方、男性は霊統がなければ皇族になることは絶対にできません。つまりこの仕組は、女性を人として対等な存在であるとする伝統がなければ、絶対に実現することのない、ある意味、世界最古の男女平等、もしくは女性の安定的な人としての地位を公式に定めた仕組ということができます。わが国では、女性は古来、大切な存在とされてきたのです。――

~『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』(徳間書店)から

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