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巻第18(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第18-4065~4069

訓読

4065
朝開き入江(いりえ)漕(こ)ぐなる楫(かぢ)の音(おと)のつばらつばらに我家(わぎへ)し思ほゆ
4066
卯(う)の花の咲く月立ちぬ霍公鳥(ほととぎす)来(き)鳴き響(とよ)めよ含(ふふ)みたりとも
4067
二上(ふたがみ)の山に隠(こも)れる霍公鳥(ほととぎす)今も鳴かぬか君に聞かせむ
4068
居(を)り明かしも今夜(こよひ)は飲まむほととぎす明けむ朝(あした)は鳴き渡らむそ
4069
明日(あす)よりは継ぎて聞こえむほととぎす一夜(ひとよ)のからに恋ひ渡るかも

意味

〈4065〉
 朝、船出をして、入江を漕いでいる楫の音が、つばらつばらと音を立てている。そのように、つくづくと我が家が恋しく思われる。
〈4066〉
 卯の花が咲く月がやってきた。ホトトギスよ、やって来て鳴き立てておくれ、花はまだ蕾みであっても。
〈4067〉
 二上山にこもっているホトトギスよ。今こそ鳴いてくれないか。わが君にお聞かせしたいから。
〈4068〉
 このまま夜明かししてでも今夜は飲んでいよう。ホトトギスは、夜が明けた朝にはきっと鳴き声を立てて飛んで来るに違いない。
〈4069〉
 明日からはひっきりなしに聞こえるはずのホトトギスを、たった一晩鳴かないだけでこんなに焦がれていることだ。

鑑賞

 4065は、越中国の射水(いみず)郡の駅の館の柱に書きつけられていたという歌。作者については、左注に、「山上臣(やまのうえのおみ)が作った。名はわからない。また、憶良大夫(山上憶良のこと)の子息であるともいう。ただし、その実名はまだわからない」旨の記載があります。射水郡の駅は、今の富山県射水市にあった駅で、越中第一の要港だったとされます。「朝開き」は、停泊していた船が朝早く出発すること。上3句は「つばらつばらに」を導く実景による序詞。「つばらつばらに」は櫓の音の擬声語で、下に対しては、つくづく、しみじみの意。「我家し思ほゆ」の「し」は、強意の副助詞。舟を通しての望郷歌ですが、これを伝えた人の名前もなく、誦詠された場所もはっきりしません。その限りで、巻第18の中で唯一孤立した歌のようでありますが、前にある久米広縄の館で催された宴で、大伴家持が披露したものとする見方があります。窪田空穂はこの歌について、「旅人として駅館に宿り、朝の目覚めに楫の音を聞いて旅愁を刺激されての作であるが、その作因である眼前の事象を、序詞とした歌である。これは型となっているものであるが、その下への続け方は気の利いているものである。実感をしみじみと詠んでいるので、おのずから気分化されている趣のある歌で、凡手ではない」と述べています。

 4066~4069は、天平20年(748年)4月1日、掾(じょう)
久米朝臣広縄(くめのあそみひろなわ)の館で酒宴を催したときの歌。「掾」は国司の三等官。4066・4068が大伴家持の歌、4067が宴に同席した遊行女婦の土師(はにし)の歌、4069が同じく羽咋郡(はくいのこおり)の擬主帳(ぎしゅちょう)能登臣乙美(のとのおみおとみ:伝未詳)の歌です。「擬主帳」は、郡司の四等官の主張(本官)に準じる役で、帳簿や文書を司る役目。

 
4066の「卯の花」は、「ウツギ」と呼ばれるアジサイの落葉低木。4月に花が咲くとされ、ホトトギスと取り合わせの風物とされました。この年の4月1日は立夏の前日で、ホトトギスの初声を期待しての宴だったようです。「咲く月立ちぬ」は、(卯の花が)咲く月になったのだなあ。「立ちぬ」は、季節や月が始まる、巡ってくるという意味の動詞「立つ」+完了の助動詞「ぬ」。「含みたりとも」は、花はつぼんでいようとも。

 
4067の「二上の山」は、富山県高岡市の北方にある山。男神山・女神山の二つの峰を持つことから「二上山」と呼ばれ、家持が越中在任中に愛し、繰り返し歌に詠んだ山です。「隠れる」は、(その二上山の深い木立ちの中に)じっと隠れて籠っている。「鳴かぬか」は、鳴かないのか、鳴いてくれよ、の意。「君に聞かせむ」は、あなたに聞かせたいから。「君」は、家持で、上の歌に和えたもの。

 
4068の「居り明かしも」は、起きていて夜を明かしても、徹夜しても。4069の「継ぎて」は、続けて。「からに」は、ために、の意で、小さなことが原因で大きなことが生じる場合に言います。窪田空穂は、「知性的な、行き届いた心の持主と思われるが、しかし立ち入った物言いはせず、控え目に詠んでいるのは、身分の隔たりを意識してのことであろう。座興に中心を置いて詠む場合だからである」と述べています。これらの歌からは、宴歌の題材として、ホトトギスの鳴き声がいかに興を添えるものであったかが窺えます。

ウツギ

 花が「卯の花」と呼ばれるウツギは、日本と中国に分布するアジサイ科の落葉低木です。 花が旧暦の4月「卯月」に咲くのでその名が付いたと言われる一方、卯の花が咲く季節だから旧暦の4月を卯月と言うようになったとする説もあり、どちらが本当か分かりません。ウツギは漢字で「空木」と書き、茎が中空なのでこの字が当てられています。『万葉集』においては、「卯の花」と「ホトトギス」は、初夏の訪れを告げる最強の定番ペア(風物詩)になっています。

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『万葉集』と霍公鳥

 『万葉集』集において霍公鳥(ほととぎす)は、植物の「橘(たちばな)」や「卯の花」とならび、夏の訪れを告げる最も重要な風物詩として数多く詠まれています。全4,500首を超える『万葉集』の中で、霍公鳥が登場する歌は150首以上にのぼり、鳥の部類では群を抜いて最多を誇ります。万葉人にとって霍公鳥は、単なる季節の鳥ということにとどまらず、多様な情念や美意識を託す存在でした。

  1. 初声を待つ情熱
    夏の訪れとともに最初に鳴く声(初声)を聞くことは、万葉人にとって大きな喜びでした。夜を徹して声を待ったり、声を聞くために山へ出かけたりする熱心な歌が数多く残されています。
  2. 橘・卯の花との美的な調和
    霍公鳥は、初夏に咲く花と強く結びつけて詠まれます。霍公鳥は、橘の花の香りを追って飛んでくるとされ、また、白く咲き誇る卯の花の垣根を飛ぶ姿は、初夏の初々しい景観として好まれました。
  3. 孤独・哀切と物思ひ
    霍公鳥の鳴き声は、どこか寂しげで切ない響きとして捉えられました。「夜鳴く鳥」としての側面もあり、独り寝の寂しさや、旅先での郷愁、物思いに沈む心に寄り添う存在としても詠まれています。
古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。