本文へスキップ

巻第18(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第18-4125~4127

訓読

4125
天照(あまで)らす 神の御代(みよ)より 安(やす)の川 中に隔(へだ)てて 向かひ立ち 袖(そで)振り交(かは)し 息の緒(を)に 嘆(なげ)かす児(こ)ら 渡り守(もり) 舟も設(まう)けず 橋だにも 渡してあらば その上(へ)ゆも い行(ゆ)き渡らし 携(たずさ)はり うながけり居(ゐ)て 思ほしき 言(こと)も語らひ 慰(なぐさ)むる 心はあらむを 何しかも 秋にしあらねば 言問(ことど)ひの 乏(とも)しき児(こ)ら うつせみの 世の人 我(わ)れも ここをしも あやに奇(くす)しみ 行(ゆ)き変はる 年のはごとに 天(あま)の原 振り放(さ)け見つつ 言ひ継(つ)ぎにすれ
4126
天(あま)の川(がは)橋渡せらばその上(へ)ゆもい渡らさむを秋にあらずとも
4127
安(やす)の川こ向ひ立ちて年の恋 日(け)長き子らが妻どひの夜(よ)ぞ

意味

〈4125〉
 天照大御神の遙か遠い御代から、安の川を挟んで両岸に向かい合って立ち、互いに袖を振り合って、息も絶え絶えに恋い焦がれているお二人。渡し守はこの川に舟も設けない。せめて橋でも渡してあれば、その上を渡ってお行きになり、手を携え、肩に手を掛け合っては、仲睦まじく思いのたけを語り合い、慰め合おうものを。どういう訳で秋がやってこなければ、言葉を交わすこともできないお二人なのだろう。現世の地上にいる私にはこのことがとても不思議でならず、毎年、年が改まるごとに天の原を振り仰ぎ、言い継いでいることだ。
〈4126〉
 天の川にもし橋が渡してあったなら、その上を渡っていくことができるのに、秋でなくとも。
〈4127〉
 安の川を挟んで向い合って立ち、恋い焦がれながら、一年という長い月日を待ちに待ったお二人が、仲睦まじく逢える夜だ、今夜は。

鑑賞

 大伴家持の、天平勝宝元年(749年)7月7日、七夕の歌。この伝説を背景とする歌は天武朝の中期に見え始め、家持の天平時代まで好んで歌材とされ、集中あわせて132首詠まれています。4125の「安の川」は、天の川を高天原にあるとされた安の川と見立てたもの。「息の緒に」は、命がけで、命の限りに。「嘆かす」は「嘆く」の尊敬語。「子ら」は、織女を主体にして二星を呼んだもの。「渡り守」は、渡し場の番人。「うながけり」は、互いに項(うなじ)に手をかけ合って。「何しかも」は、どうして~か。「言問ひ」は言葉を交わすこと。「うつせみの」は「世」の枕詞。「世の人我れも」は、男女の世俗にいる我らも。「ここをしも」は、このことが。「あやに」は、何とも言いようがないほど。「奇しみ」は「奇し」のミ語法で、不思議なので。「年のは」は、毎年。

 
4126の「渡せらば」は「渡しあらば」の約。「い渡らさむを」の「い」は強調の接頭語。「を」は逆説的詠嘆。4127の「い向ひ立ちて」の「い」は強調の接頭語。「年の恋」は、一年間逢えないという、やるせない恋心。

 この歌のあと、11月12日に越前掾の大伴池主から歌(巻第18-4128~4131)を贈られるまで、家持の動静を伝える記録はありません。おそらくこの時期に、家持が大帳使として上京し、その帰任の際に妻の坂上大嬢を帯同したのではないかとみられています。この歌は、間もなく越中を出立する折しも七夕の夜を迎え、久しぶりに妻に逢えることを思いつつ、二星の身の上に思いを寄せたものとされます。

七夕の歌

 中国に生まれた「七夕伝説」が、いつごろ日本に伝来したかは不明ですが、上代の人々の心を強くとらえたらしく、『万葉集』に「七夕」と題する歌が133首収められています。それらを挙げると次のようになります。

巻第8
山上憶良 12首(1518~1529)
湯原王 2首(1544~1545)
市原王 1首(1546)
巻第9
間人宿祢 1首(1686)
藤原房前 2首(1764~1756)
巻第10
人麻呂歌集 38首(1996~2033)
作者未詳 60首(2034~2093)
巻第15
柿本人麻呂 1首(3611)
遣新羅使人 3首(3656~3658)
巻第17
大伴家持 1首(3900)
巻第18
大伴家持 3首(4125~4127)
巻第19
大伴家持 1首(4163)
巻第20
大伴家持 8首(4306~4313)

 このうち巻第10に収められる「七夕歌」について、『日本古典文学大系』の「各巻の解説」に、次のように書かれています。

―― 歌の制作年代は、明日香・藤原の時代から奈良時代に及ぶものと見られ、風流を楽しむ傾向の歌、繊細な感じの歌、類想、同型の表現、中国文化の影響などが相当量見出される点からして、当代知識階級の一番水準の作が主となっていると思われる。同巻のうちにも、他の巻にも、類想・類歌のしばしば見られるのはその為であろう。――

 また、巻第10所収の『柿本人麻呂歌集』による「七夕歌」には、牽牛と織女のほかに、二人の間を取り持つ使者「月人壮士」が登場しており、中国伝来のものとは違う、新たな「七夕」の物語をつくりあげようとしたことが窺えます。

【PR】

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。