本文へスキップ

巻第18(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第18-4132・4133

訓読

4132
縦(たた)さにもかにも横さも奴(やつこ)とぞ我(あ)れはありける主(ぬし)の殿戸(とのど)に
4133
針袋(はりぶくろ)これは賜(たば)りぬすり袋(ぶくろ)今は得てしか翁(おきな)さびせむ

意味

〈4132〉
 縦の関係からも、横の関係からも、とにかく奴として私はいたことでした。主のあなたの御門に。
〈4133〉
 針袋は確かに頂戴しました。今度はすり袋を頂いて老人らしくいたしとうございます。

鑑賞

 4128~4131で、大伴池主家持に歌と手紙を贈った後、さらに家持に贈った歌。歌の前に、池主が書いた手紙の文章が載っています。先の手紙に対する家持からの返事は載っていませんが、池主の文面はかなり家持を立腹させたらしく、ここではひたすら平身低頭して非礼を詫びる内容となっています。

 「駅使(はゆまづかい)を出迎えるため、今月の十五日に、越前国管内の加賀郡にある国境まで参りました。あなたのおいでになる射水の郷が面影に浮かび、ここ深見村で恋しさをつのらせております。わが身は胡馬(こば)ではないものの、心は故郷から吹いてくる北風を受けながら悲しんでいます。月明かりの下をさまよっても、どうしようもありません。ようやくお手紙を得て開いてみますと、そのお言葉にこれこれとありました。先に差し上げた書状が、意に反して誤解を生じてしまったのではないかと心配しています。私が薄絹をお願いしたために、心ならずも国守をお悩ませしてしまいました。水をお願いして酒をいただくのは、もとより望外の喜びです。処置が私利のためではなく時宜に適っていれば、法に反していても決して悪吏とは申せません。繰り返し針袋の御歌を詠唱してみますと、言葉の泉は酌み尽くせません。膝を抱えてひとり笑い、旅の愁いを除くことができました。楽しさにうっとりとして日を過ごし、思い悩むこともなくなりました。拙文にて、意を尽くすことができません。
勝宝元年十二月十五日、物を無心した下級役人より、人に伏さぬ国守さまへ。別に奉る歌二首」

 
4132の「縦さにもかにも横さも」は、越中にいて家持の下僚として縦の関係にあったた時も、越前に転任し関係が横になった今も、の意。「奴」は、下男。「主の殿戸」は、仕える主人の殿の御門で、奴の詰所。家持に対し無二の真実を持っていることを言っています。4133では、私はあなたの奴のように思っているので、あなたも私をそのように思って、さらに物を下さいと、すり袋を無心しています。「すり袋」が何であるかは未詳ながら、それを持つと翁(老人)のように見える物だったようです。

 なお、家持が立腹した理由について、
伊藤博は次のように述べています。「家持が憤怒の掾を覚えたのは、このたびの手違いが家持一人にかかわるものではなく、妻坂上大嬢が大きく関連していたからではあるまいか。『針袋』は妻が丹精をこめて用意した品物と察せられた。裏地までついた針袋であれば、妻がかかわっていることは当然推察されるはずなのに、そのあたりを無視して裁判官気取りの言辞を展開した神経の粗さに、家持は不快感を覚えたのではあるまいか」。

『万葉集』の謎

 『万葉集』は、古代日本人の素朴で豊かな情操を伝える日本最古の歌集ですが、編纂経緯や背景については今なお数々の「謎」や「論争」が存在します。主要な謎を整理すると、大きく分けて次の4つに集約されます。

  1. 編纂に関する謎
     編纂者が誰なのかについて、一般には大伴家持が最終的な編纂に深く関わったとされていますが、確定した史料はありません。家持個人の私的歌集(家持集)に他者の歌を補いながら作られたという説や、複数の人物によって段階的に編まれたという説(段階的成立説)が有力です。
     また、『古今和歌集』や『新古今和歌集』といった後世の勅撰和歌集には必ず立派な「仮名序」「真名序」が存在しますが、万葉集には成立の経緯や撰者を示す決定的な序文が存在しません。そのため「勅撰(天皇の命によるもの)」なのか「私撰(個人の手によるもの)」なのかさえ決着がついていません。
  2. 歌の配列と構造の謎
     全20巻の中で、巻第16は「由縁のある歌(伝説や民話に基づく歌)」や「笑い歌・戯れ歌」が多く収められており、他の巻と明確に趣が異なります。なぜこのような構成で組み込まれたのかは、『万葉集』の構造を読み解く大きな疑問となっています。
     また、各巻の成立順序について、巻第1から巻第20までが年代順に作られたわけではなく、成立時期が入り組んでいることが分かっています。巻第1~16と巻第17~20(家持の歌日記的側面が強い)の間には構造的な差があり、全体の統一意図がどこにあったのかが議論されています。
  3. 表記と読みに関する謎(万葉仮名)
     『万葉集』は、漢字の音や訓を借りて日本語を表記する「万葉仮名」で書かれていますが、一つの音に対して使われる漢字が多岐にわたり、古代日本語の複雑な母音体系(上代特殊仮名遣い)を反映しています。平安時代末期にはすでに当時の人々にも読めなくなりつつあり、鎌倉時代の僧・仙覚らによって補読(点本)が行われて初めて現代に伝わる読みが確定しました。しかし、原本(直筆本)が存在しないため、写本による字句の表記揺れや誤写の検証が今も続けられています。
  4. 歴史的背景と隠された?意図
     『万葉集』には、有間皇子、長屋王、大津皇子など、政争に敗れて悲劇的な死を遂げた人物の歌が数多く含まれています。単なる文芸集ではなく、政治的敗者の霊を慰め鎮める(鎮魂)ための集録としての機能を持っていたのではないかという説が強く主張されています。また、編纂に関わったとされる大伴氏は、藤原氏の台頭によって政治的地位を追われつつある名門軍事貴族でした。家持が自一族の歴史やアイデンティティ、古代からの伝承を残すために万葉集を編んだのではないかという視点もあります。

【PR】

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。