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巻第19(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第19-4144~4147

訓読

4144
燕(つばめ)来る時になりぬと雁(かり)がねは本郷(くに)偲(しの)ひつつ雲隠(くもがく)り鳴く
4145
春まけてかく帰るとも秋風にもみたむ山を越え来(こ)ずあらめや [一に云ふ 春されば帰るこの雁]
4146
夜(よ)ぐたちに寝覚めて居(を)れば川瀬(かはせ)尋(と)め心もしのに鳴く千鳥かも
4147
夜(よ)くたちて鳴く川千鳥(かはちどり)うべしこそ昔の人も偲(しの)ひ来(き)にけれ

意味

〈4144〉
 燕がやってくる時節になったと、雁は自分の国を思い起こしながら、雲隠れしながら鳴き渡っていく。
〈4145〉
 春を待ち受けてこうして国に帰っていく雁だが、秋風が吹く頃になれば黄葉の山を越えて戻って来るだろうに。
〈4146〉
 夜が更けてもなかなか眠れずにいると、川瀬を伝って、我が心も哀しくなるほどに鳴く千鳥よ。
〈4147〉
 夜が更けて鳴く川千鳥、なるほどもっともだ、昔の人もこの切ない声に心惹かれてきたのは。

鑑賞

 大伴家持の歌。4144・4145は、越中にて、北へ帰る雁を見たときの作。『万葉集』で雁を詠んだ歌は63首ありますが、その殆どは来る雁を詠んだもので、帰る雁を詠んだ歌は3首しかありません(うち2首が家持)。それを家持が詠んだのは、強い望郷の念からだったのでしょうか。4144の「燕来る時になりぬと」は、雁の心を言ったもの。『万葉集』で唯一の燕を詠み込んだ歌です。「雁がね」は、雁の鳴く声、または雁そのもの。ここは後者。「本郷」は、北方の国の雁の棲息地のこと。

 
4145の「春まけて」は、春を待ち受けて。「もみたむ山」は、もみじする山。「あらめや」の「め」は推量「む」の已然形。「や」は反語。「一に云ふ・・・」は、初2句の別案です。窪田空穂は、「上の歌と連作になっている。上の歌では、ひたすらに京が恋しく、この地を厭っているように聞こえるので、そうではなく、住み馴れたこの地も棄て難い、時あってまた帰って来たいと思っているというのである。雁に代わっていうごとき言い方をしているのは、自分の心を雁に移入しているからで、その点上の歌と同じである」と述べています。

 4146・4147は、夜中に千鳥が鳴くのを聞いた歌2首。
4146の「夜ぐたち」の「くたち」は盛りが過ぎて衰える、下降する意で、ここでは夜半を十分に過ぎたころ。「川瀬」の「川」は、国庁の近くを流れる射水川。「尋め」は、川の瀬に伝って。「心もしのに」の「しのに」は、しおれてしまうばかりに、の意。「しのに」の語は『万葉集』中10例見られますが、そのうち9例が「心もしのに」の形であり、定型表現だったことが知られます。

 
4147の「夜くたちて」の「くたつ」は動詞。前歌の「夜ぐたち」は一語の熟語であるのに対し、ここは二語と解すべきもの。「うべしこそ」の「うべ」は、なるほどもっともだ、と納得の意を表す副詞。「し」「こそ」は、強調。「昔の人も偲ひ来にけれ」の「偲ふ」は、ここは賞美する意。「けれ」は「けり」の已然形で「こそ」の結び。「昔の人」とあるのは、柿本人麻呂の「夕波千鳥汝が鳴けば」(巻第3-266)や山部赤人の「清き川原に千鳥しば鳴く」(巻第6-925)などを念頭に置いて詠んだものかとされます。
 

もみち(黄葉)・もみつ(黄葉つ)

 秋に、樹木や草の葉が黄色に色づくこと。また、その葉。特に葉を指してモミチバ(黄葉)ともいう。葉が色づく意の動詞にモミツ(黄葉つ。黄変つ・黄色つ)がある。上代には清音モミチであり、中古以降に濁音のモミヂとなる。『万葉集』では、春の花(桜)の対となる秋の景物として好んで歌われ、モミチ・モミチバ・モミツの用例は100例を超える。その大多数が「黄葉」の表記を用いており、赤系統の色で表記したのは、「紅葉」「赤葉」が各1例と、動詞モミツを「赤」と表記した2例のみである。その理由は、盛唐頃までの漢籍の影響を受けたためとされるが、大和地方では、実際に赤い葉よりも黄色い葉に親しむ機会が多かったためとも言われる。上代の黄葉は、現代のように楓(かえで)の葉のみを指すわけではなく、萩など他の樹木全般に対してもいう。『万葉集』には、山全体が色づく様を歌う例も見られる。なお、モミチ、モミツの語を用いる他に、「したふ(赤く照り映える)」「色づく」「にほふ」等の語で黄葉を表現することも多い。

~『万葉語誌』から引用

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しのに

 シノニということばは難解である。古くから、さまざまな解釈がなされてきた。偲ぶ、繁く、萎れ乱れる、しなえうらぶれるなどである。現在では、「心が深く感動するほどに」や、「心もひたすらに」、また、シノグとの関係を重視して「ぐっと」と訳されている他、シノフとの関係を重視する理解もある。いまだに定説を見ないことばである。『万葉集』では、全ての例を網羅的に捉えにくいようだ。

 シノニは『万葉集』中、10例見られるが、そのうち9例が「心もしのに」という形であり、定型表現であったことが知られる。

~『万葉語誌』から引用

古典に親しむ

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